□第九夜 銀幕のファンファーレ
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9-2 金生の水軍(3/4)

 
 水流が無数の蛇のように海竜を襲う。鉄をも穿つと自負するラーナモンの水の矢。けれど、超金属クロンデジゾイドに覆われた海竜を傷付けるには至らない。水圧に僅か顔を歪めながらも、それがどうしたと言わんばかり、ラーナモンに迫る海竜の額の刃がぎらりと閃く。

 ち、と舌打ちを一つ。ラーナモンは水流を自らに向け、その身を海竜の攻撃の軌道から逸らす。またも獲物を取り逃がし、海竜は歯列を鳴らす。その歯牙の一本よりもなお小さいラーナモンは、海竜にとって羽虫を捕らえるようなものだろう。

「硬っ! 何こいつ意味わかんない!」

 などと喚く羽虫に、苛立ちはお互い様だと海竜は牙を打つ。とは言え、形勢まで互角かと言えばそうではない。回避力と防御力、先に消耗するのがどちらであるかなど火を見るより明らかだ。あれだけ勇んで出て来ておいて、このまま分の悪すぎる消耗戦などするはずもないだろう、と。目に見える優勢に海竜が警戒を強めた、そんな時。

「少し落ち着き給え、ラーナモン」

 声はすれども姿は見えず。どこからともなく聞こえる声に、ラーナモンの眉根が歪む。その不可解に、ではなく、その正体を知るが故だろう。

「うるさい、もう! わかってる!」

 海竜を見据えたままにラーナモンは叫ぶ。と同時、無造作に片腕をふるえば、応えるように水面が弾ける。ラーナモンを中心に立ち上る、オーロラを思わせる水の膜。攻撃にも防御にも役立たないであろうそれに、海竜は顔をしかめ、追撃のために構えた体を一瞬硬直させる。それが単なる目眩ましだと気付いたのは直後。
 ぎり、と牙を噛む。即座に水の膜へ攻撃を仕掛けるも、既にラーナモンの姿はない。海竜は攻撃の勢いそのままに湖へと潜行する。この場でどこへ消えたかなど考えるまでもない。

「おおぉ……――――!」

 海竜は瞼を閉じ、あぎとを開いて喉を鳴らす。唸りは高く高く音を上げ、高周波の音波となって湖を震わせる。泥に濁る水中で頼るべきは視覚ではない。音速で拡がる波、その反射に、視覚を遥かに超える精度で聴覚が水中を見通す。水中においては千里眼にも等しいそれ。その、はずなのに。
 海竜がはっと目を見開く。ラーナモンと思しき敵影は湖のどこにもない。代わりに捉えたのは似ても似つかぬ異形。その正体を海竜が理解したのは、一拍を置いてから。僅か届かず、異形に出し抜かれた、その直後だった。
 
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