□第九夜 銀幕のファンファーレ
12ページ/16ページ

9-3 銀幕の天使(3/3)

 
「ここから戦況が覆ると?」
「いいや。ただ……」

 メルキューレモンの問いにも鍵の天使の視線は変わらず眼下。喉元まで出かかった言葉を飲み込むように口を真一文字に結び、僅かの沈黙を置いて首を振る。それは、あるいは自らの思考を振り払うためか。その表情はどこか雲って見えた。

「最後まで、油断はできまい」

 とだけ言って、鍵の天使は再び戦場を見遣る。メルキューレモンは小さく肩を竦めて唇を笑みの形に歪める。言いたいことがあるなら――とは、言わなかった。

「ああ、確かにその通りだ。ふふ。抜かりはないよ」

 そう微笑するメルキューレモンが指をタクトのように振ると、どこからともなく宙に丸い鏡が現れる。その鏡面には延々と列ぶ0と1とが右へ左へと流れて浮かぶ。メルキューレモンは鏡のディスプレイを撫で、ふむと唸る。

「七割といったところかな。君の出番も近いな」

 振り向く視線の先は、レーベモン。メルキューレモンが声を掛けるとレーベモンは腕を組んだまま、目を閉じたままに静かな口調でただ一言。

「それまで持てばな」

 そしてまた、口を閉ざす。

「ふふ、まったくだ。だが……そうそう、油断大敵、だそうだからな」

 鏡のディスプレイと眼下の戦場へ交互に目をやって、メルキューレモンは肩を震わせからからと笑う。何もかも、誰も彼もが愉快だとでも言わんばかりに。
 鏡に浮かぶ0と1の文字列――この小世界の組成を表すデジコードの羅列はさながら盤、戦場にひしめく有象無象は駒といったところか。升目で区切られた盤上を進む無数の駒。それはまるでボードゲームか何かのように思えて、嗚呼、何とも壮大な遊戯ではないか、と。それを遥かな高みから見下ろすこともまた爽快で、気付けば笑みが零れる。

 趣味が悪いな。なんて、自嘲する。そんな自分がご大層な英雄の“魂”とやらを受け継ぐ選ばれた闘士であることもまた滑稽だった。

「どうかしているな。ふふ」

 独り言のように呟くそれは、果たして誰に向けた言葉か。メルキューレモンはもう一度だけ宙に浮かぶ鏡を撫で、ぱちんと指を打つ。鏡は陽炎のように虚空に溶けて、音も無く消失する。
 その様を一瞥し、レーベモンはまたそっと両の目を閉じる。そうして――

 そうして遥か遥か、小世界の果て。水源からも遠くいまだ枯れた森の面影を残す荒野で、影なる黒き騎士が、目を開く。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ