□第八夜 金色のアポカリプス
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8-1 識欲の賢者(2/4)
「ベ、ベヒーモス?」
思わずのけ反り顔をひくつかせながら、恐る恐るといった風に名を呼ぶインプモン。黒鉄の車体は座席の辺りが形を変え、跳ね上がるように真上を向いて――
「って、なんだ……」
横からそっと覗き込む。私は胸を撫で下ろし、ほっと息を吐く。インプモンがあまりバシバシと叩くものだからてっきり壊れてしまったのかと驚いたが、よくよく見ればなんてことはない。
「シートが開いただけじゃない。びっくりさせないでよ」
私が言えばインプモンの間抜けな声が返ってくる。叩かれた拍子か、普通のバイクのように座席下の収納が開いただけのようだが……こんなものがあることすら知らなかったのだろうか。鉄の獣なんて呼ぶ辺り、こちらでは珍しいもののようだし。
「大丈夫よ。ここって普通開くように……」
言いつつ覗き込み、ふと、目に留まるそれ。首を傾げながらそっと手に取ってみる。
「これ、インプモンの?」
座席の下に隠されるように仕舞われていたそれは、一冊の本であった。電話帳ほどもある分厚いハードカバーの書籍。赤茶色の表紙は所々が擦り切れて、この世界の言語であろう不思議な文字で綴られた表題も途切れ途切れ。
私が本を差し出すとインプモンはそれを受け取るもしかし、訝しげに眉をひそめてみせる。
「違うの?」
「……ああ、そういうことか」
「何が?」
インプモンは受け取った本と、それが仕舞われていたベヒーモスの車体へ交互に視線を移し、
「あのババアだ」
「って、リリスモン?」
城で一泊した時に仕込んだのか。けど一体どうしてこんなものを……。
「何が書いてあるの?」
「何、って、何か小難しいなんやかんやだ」
なんだそれ。私は溜息を一つ。もしかして読めないのかと疑いの眼差しを向けてやれば、インプモンはむっとした様子でページをパラパラとめくる。
「ば、馬鹿にすんなよヒナタ。これはあれだ、なんかその、魔術の理論だかなんだかを……」
「正確にはウィッチェルニーの魔術に関する、ね」
――と、そんな唐突な声はインプモンの手元から。私を見上げて眉毛を吊り上げていたインプモンも思わずポカンと目を丸く。はっ、と。私とインプモンが目を遣れば、開かれた本の上で“彼”は小さく会釈する。
「驚かせてすまないね。僕の名はワイズモン。よければ少し、話を聞かせてもらえるかな?」