□第七夜 灰燼のフロンティア
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7-4 対岸の情景(1/3)

 
 暗い暗い水底から体がゆっくりと浮き上がるような感覚。心地良い浮遊感。暗がりと静けさの中で私の意識はおもむろに覚醒する。ふらふらと彷徨う視線が薄暗い岩肌の壁を撫で、やがて傍らで膝をつく翼の騎士を半ば朧げに捉える。

「お目覚めになられましたか」
「……レイヴモン?」

 眉をひそめて体を起こし、辺りを見渡せばそこは小さな洞窟――いや、奥行きほんの数メートル、高さも私の背より少し高い程度。岩壁をくり抜いた大きめの窪みといったところか。外に目を遣れば茜の空。どこからか水の滴る音がする。“枯れた森”ではなさそうだが一体なにが……。
 記憶を辿る。混濁する頭の中を掻き分けるように。そうして、はっとなる。

「イ、インプモンは……!」

 息を呑み、慌ただしく視線は右へ左へ。あ、とレイヴモンが声を上げるとほぼ同時。振り返ったそこで視界に飛び込むその姿、横たわるインプモン。
 恐る恐る手を伸ばす。指先に感じる確かな体温と、小さく聞こえる寝息。私は深く安堵の息を吐く。隣にはベヒーモスとおぼしき黒鉄も見て取れた。

「ベルゼ――インプモン様はご無事です。ヒナタ様こそお体のほうは?」
「え……ううん、大丈夫。……私どれくらい寝てた?」
「ほんの数時間……いえ、順を追ってお話し致します」

 そう言うとレイヴモンは立ち上がり、視線は茜の空へ。釣られて目を遣れば微か、遠方でチカチカと瞬く光が見えた。

「あそこが、先程まで我々のいた場所。今はゼブル・アポカリプス両軍の戦場と化しております。ヒナタ様がインプモン様を見付けられた後、戦域から離脱すべくここまで皆様をお連れ致しました」

 立ち上がり、目を凝らす。相変わらず小さな光しか見えない、が、恐らくそう離れてはいないだろう。

「ここ、って……」
「枯れた森にございます」
「え?」
「せき止められていた水源が解放されたのでしょう。かつてこの地は、水の森と呼ばれておりました」
「水の森……」

 見渡す周囲は岩山。今いるここはその中腹辺りだろう。下へ目を向ければ湖に沈む青々とした森。まるでマングローブだ。数時間で随分と様変わりしたものだが……相変わらず訳の分からない世界だ。
 戦場を見遣る。頭は幾分冷静さを取り戻し、私は深く息を吐く。そうしてレイヴモンへ視線を移し、ねえ、と掛けた声に彼はゆっくりと振り向いた。

「聞いても、いい?」
 
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