□第四夜 紫煙のラスト・エンプレス
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4-2 魔王の招待(2/2)
「それじゃ、ちょっと待っててね?」
城を囲む庭園の入り口でベヒーモスを停め、私たちは城門へと向かう。見送るようにベヒーモスが唸りを上げた。
「綺麗なとこね」
「俺は息が詰まりそうだ」
レディーデビモンに先導されて庭園を進む。色取り取りに匂い立つ、花々の薫りが鼻腔をくすぐった。魔王の城、と聞いて脳裏に浮かんだイメージとは随分と違う。
花園にそびえる白亜の城を見上げる。まるでお伽話の世界だ。……今更か。
「どうぞこちらへ」
レディーデビモンに続いて城へと入る。開け放された白塗りの大扉は、繊細なレリーフを積み上げたような、まるで一つの美術品。
沢山の絵画や彫刻の並ぶ廊下、レッドカーペットの上を進み程なく、やがて花とは違う甘い薫りが漂ってくる。廊下の先、木造りの扉の前には、人影が見えた。
「おっ帰りっにゃーん」
なんて、妙な口調で私たちを出迎えたのは、ジプシーのような格好をした二本足の猫のデジモンだった。
「誰?」
「バステモン……あいつもリリスモンの配下だ」
声を潜めて問えば、インプモンもまた小さく返す。
「はじめまーしてっと、お久しぶりにゃー、ベルゼブモンさま」
見たまま猫のようにひょいと一足飛びに詰め寄って、バステモンは私の手を握り、インプモンの頭を撫でる。
「おいこら、撫でんな」
「やーん。かわいーにゃ」
そう言って屈み込み、なでなでと。手を払い抵抗するインプモンだったが、バステモンはそれを完全無視。そればかりかむしろ益々楽しげに、インプモンをぬいぐるみのように抱え上げてしまう。
どうでもいいけど趣味悪いな。そんな等身大のばい菌みたいの。
「失礼ですよ」
なんてレディーデビモンが窘めるもどこ吹く風。意外と力強いのか、抵抗するインプモンも平然と抱えて笑う。と、今度は私へ振り返り、
「あなたもかわいーにゃ。お名前は?」
「え? 日向、だけど」
「ふうん。……食べちゃいたいにゃ」
言うが早いか、私の頬をさわりと撫で、にやりと舌なめずり。ぞわりと、冷たい何かが背筋を這う。私は思わず飛び退いた。
目を丸くして言葉を失う私に、くすくすと笑うバステモン。はあ、とレディーデビモンが溜息を一つ。口を開きかけ、そんな時、
「これ……余りお客人を困らすでない」
扉の奥から甘い風に乗って、そんな声が響いた。