□第三夜 黒鉄のナイト・メア
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3-3 朝駆の疾走(2/4)
「殴ることないじゃないか」
ベヒーモスの背上で風に煽られながら、白い頬に赤い手形を浮かべるインプモン。ひっぱたき甲斐のあるほっぺだ。
私は後部座席のインプモンを振り返り、眉をひそめる。
「なら、具体的にどうなってたわけ? 殴ることない程度なら謝ってもいいけど」
「え? あー……ちょっと意識を乗っ取られて死ぬまで暴走するくらいかな」
あー、なるほど。そういうあれね。私は無言でインプモンの眉間に手刀を振り下ろす。
「痛いっ!」
眉間を押さえて喚くインプモン。殴ることあったから謝らないぞ。
「しかも危ねーよ。落ちたらどうすんだ」
「どーにもなんないでしょ、こんなスピードで」
今度は振り向きもせず。
ベヒーモスは昨夜と違いゆっくりと、せいぜい速めの自転車くらいの速度しか出していない。頬に当たる風が心地良かった。
「危なかったのは私のほうでしょ。というか今まさに大丈夫なのこれ?」
「大丈夫じゃなきゃそんな元気に喋れねえって。てゆーか俺と会う前の話だぜ。暴走、つっても」
今は大人しいもんだとインプモンは笑う。体当たりで天使を蹴散らすバイクが大人しいかどうかは疑問だったが、言わないでおこう。
まあ、大丈夫ならいいか。
「ところで、今ってどこに向かってるの? なんとかモンのお城って遠いの?」
「リリスモンの城か……さあ? 俺は地理はさっぱりだからな」
「は?」
「そういうのはいつもベヒーモスに任せてんだ」
そう言ってぽんぽんと、黒鉄の体を叩く。またてきとーな。
私は溜息を一つ。遠い空を見上げる。嗚呼、命を狙われてなくていつでも帰れるならいいとこなのに。
そんなことを考えながら、何気なく辺りを見渡して――
「あ」
「うん? どした?」
「町がある」
進行方向、真っ直ぐ前方を指差して。後部座席からひょこっと顔を覗かせたインプモンも私の指を追って目を凝らす。
「あれは……あそこに向かってんのかベヒーモス?」
問うインプモンに、ベヒーモスはうおんと唸るエンジン音と僅かに上げた速度で応える。
町……町だ。町がある。嗚呼――
「ど、どうしたヒナタ?」
思わず力が抜けて、屈み込む。どうしたもこうしたもあるか。安堵の溜息とともに、うっすら涙すら浮かぶ。
「ベヒーモス……えらい」
そう言って、私はベヒーモスを撫でた。