□第三夜 黒鉄のナイト・メア
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3-2 落日の疾走(2/4)
細く甲高い音を立て、風が唸りを上げる。白い羽毛に覆われた両腕が陽炎のように揺らめいて、大気のうねりは形無き龍の如くとぐろを巻く。
「シルフィーモン――完全体か」
インプモンが呟くように言う。
シルフィーモン、か。見上げたその姿はさながら鳥人と言ったところ。完全体というと、また初めて聞く単語なわけだが、
「レベルは……X?」
「せーかい。冴えてるなヒナタ」
鳥人から目を逸らさぬまま、茶化すように言うインプモン。ただの消去法だけど。
しかし、となると当然周りの天使たちより強いわけだ。
ちらりと辺りへ目をやる。と、天使たちの構えた拳が光をまとう。
ロックオン。みたいな?
……どうしようこれ。
ごうんごうんと、唸り、唸り。
うおんうおんと、轟き、轟き。
目前で唸るはずのそれはどこか遠くで響くようで。遥か遥か、彼方より雷鳴のように荒野を走り――
「いいタイミングだ」
「……え?」
ぎゃりぎゃりと、荒々しく大地を削る。
ぐおんぐおんと、猛々しく内燃機関が吠える。
天使……鳥人? じゃない! 何が……!
鳥人の操る風の唸りに紛れて、否、今やそれさえ呑み込んで。彼方の地平より瞬く間に、荒野を疾走し戦場に割り込む闖入者。
「え? え……なに!?」
がおん、と。地を蹴る車輪の轟音はまるで歓喜の咆哮。
「そのまま突っ込めぇ!」
インプモンの叫びに応えて、黒鉄の車体が跳躍する。傾陽に照る漆黒はぎらりと、神々しいほどに黒く黒く。空を切る分厚いタイヤは凶悪な唸りを上げて舞い上がる。
鳥人がその姿を視認してから、僅か指を一つ折るほどの間。自らの巻き起こした風の音に遮られたとはいえ、これほどまで反応が遅れたのは偏にただその速度ゆえ。
否、鳥人が遅いのではない。黒き疾走者が、余りにも速過ぎたのだ。
「ぐっ……! なっ!?」
後一瞬。反応が早ければあるいは避けることもできただろうか。
辺りにいた天使をもろともに、紙屑の如く散らして漆黒が鳥人へと迫る。鳥人は咄嗟に腕をかざすも、轟音を上げて空転するタイヤから逃れることは叶わず――
その断末魔さえ、黒き旋風に呑まれ虚空へ消える。
白い羽が雪のように散る中、彼は地へと降り立つ。重々しい黒鉄が地面を揺らす。
嗚呼――“この時を待ち侘びた”と。言葉無く語る。