□第一夜 黄昏のアンリアル
3ページ/13ページ
1-2 夕闇の遁走(1/4)
――雑音が聞こえた。
小さく、か細く、私の鼓膜を叩く、まるで羽虫がまとわりつくようなノイズだった。
不意に思い出し、私は頭を抱えてうずくまった。
「なあ……ところでお前、誰?」
暢気な口調でそう問い掛けるそのイキモノに、ゆっくりと顔を上げて一瞥だけをやり、私は、再び頭を抱える。
そのイキモノ――かどうかも定かでないのだが、全身真っ黒で趣味の悪いぬいぐるみのようなそいつは、私の顔を覗き込むように小さな体を傾けて続けた。
「あれ、もしかして言葉通じてねえ?」
視界の端で眉をひそめるそいつ。真っ赤な目が不気味に揺れる。
喋ってる……。動いてる……。生きてる……。
なにこれ。なんなのこれ。なんで、どうして私のケータイからこんなのが出てくるの。しかもそれがなんで、なんで。
「あなた……なんなの?」
ようやく搾り出す。掠れて消え入りそうな声には戸惑いと恐怖が混じる。けれど黒いイキモノは気を悪くした風もなく、むしろどこか嬉々と。
「なんだやっぱ通じてんじゃねーか。心配すんだろー」
なんて、無邪気なもの。
非難と拒絶を隠しもしない、そんな私の視線もどこ吹く風。赤い手袋をした小さな手で私の肩を叩いてにっと笑う。
「俺はインプモンだ。よろしくな! お前は?」
「……日向」
「ヒナタか。いい名前だな」
「……どうも」
西の空から冷たい風が吹き抜ける。ふと目をやれば日は地平に差し掛かかろうというところ。
目の前のこいつ――インプモンとやらが現れてからどれくらいが経ったろうか。閑静な住宅地をでたらめに駆け抜け、気付けば見知らぬ裏通り。ほてった体に冷たいコンクリートが心地良かった。
息を整え、頭を冷やし、もう一度インプモンに向き直る。
「じょ、状況を、確認したいんだけど」
「おう、なんだ?」
私はことなかれ主義だ。我が身に降り懸かる火の粉以外は割とどうでもいい。ケータイからおかしなイキモノが出て来ようと知ったことか。けれど。
「もしかして、これ今」
けれどこの、この火の粉はどうやら。
「命、狙われてるの……?」