□5周年リクエスト小説C
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■リクエスト小説C:「-花と緑の-」IF設定番外編
もしもの花と緑の
【もしもの続きの物語】
薄暗い洞窟の中、虚は静かに口を開けていた。
空間に穿たれた穴、壁面が幾何学模様に彩られたトンネルは、リアルワールドへと続く道。
それは旅の仲間であるウィザーモンが、偶然に見つけ出した小世界の心臓部・コードクラウンを用い、あたしのために開いてくれた帰り道。
恩人であるウィザーモンと、その師・ワイズモンに礼を伝え、あたしはもうひとりの仲間に、ヌヌへと視線を向ける。
掛けるべき言葉はもうなかった。
掛けてほしい言葉もなかった。
ただお互いに笑い合う。それだけで、十分だった。
踵を返す。トンネルへと足を踏み入れる。
やがて視界は眩い光に包まれる。
そうしてあたしの、雨宮花とヌヌの物語は、終幕を迎えるのだった――
◆
気が付けばあたしは雑踏の中にいた。
ひしめき合う鉄筋の摩天楼。行き交う人々。コンクリートジャングルの中に立ち尽くし、あたしは空を見上げる。遠く飛行機の飛ぶ見慣れた空に、灰銀の太陽は浮かんでいない。
帰ってきたのだ。リアルワールド、元いた世界に。
変わり映えのない街の景色は不思議な感覚だった。白昼夢から覚めたような、あるいはまだ夢の中にいるような、どこか現実味がなくて、足をついているのに身体はふわふわと浮いているよう。
「帰って、きたんだ」
言い聞かせるように呟く。
そんなあたしの言葉に、傍らの連れは目を見開いた。
「あれ?」
その声に振り向いて、あたしもまた同じ言葉を口にする。
「……あれ?」
あれあれ。おやおや。
はてさてどうしたことだろうか。
状況がわからないのはお互い様らしい。
傍らに立ち尽くす連れ、連れてきた覚えのない連れは、ヌヌはただ、首を傾げるばかりだった。
互いにしばらく無言で見つめ合う。
ここはあれだ、どこだ、いやリアルワールドだ。
ならばあれだ、なんだ、ヌヌはデジタルワールドにいるわけで、さっきお別れしたわけで、つまりはここにはいないわけで、あれれ?
そしてあたしたちは、同時に絶叫する。
「「ぅええええええぇぇぇぇええぇぇ!!??」」
◆
ジャングルとか山とかにいる感覚で力の限りの叫びを上げ、注目をほしいままにしたあたしたちは、逃げるように場所を移すことにした。
趣味の悪いぬいぐるみですという顔をさせたヌヌを抱え、人気のない路地裏まで逃げ込むと、ようやくあたしは一息を吐く。ヌヌを下ろしてその顔を覗き込むが、穴が空くほど睨みつけようとヌヌはヌヌだった。
「なんでいるの?」
「いやオイラが聞きてえよ。ここは、あれか? リアルワールドか?」
「そーだよ、帰ってきたの。寂しくてついてきたわけじゃないの?」
「じゃねーわ。ウィザーモンもいねえし、なんでオイラだけ巻き込まれたんだ?」
どうやら本当に本人も心当たりのない事態であるらしい。ヌヌはない眉をひそめて辺りをキョロキョロとする。
しかし、となるとどうしたものか。
あたしが向こうへ渡ったのは「偶発的なゲート」といっていたか。同じように迷い込む人間がたまにいるらしいが、帰り道としてそれを探すのは到底現実的とは言えない。
だからといって自力で開くだなんてできるはずもない。できるならさっさと帰ってきていた。
「またウィザーモンに開いてもらうしかない、よね?」
「だな。デジヴァイスは通じたりするか?」
言われて取り出し、ぽちぽちといじってみるが、反応はなかった。
「駄目か……参ったなおい」
「目の前で消えたんだから状況は把握してるでしょ。なんとかしようとはしてくれてるんじゃない?」
「そうだな。できるかどうかはともかくだけど、助けを待つ以外にないか」
ヌヌは大きな溜め息を吐いて、大通りへと目を向ける。
ビルの隙間から見える景色はまたビルばかり。ジャングルで育ったヌヌには物珍しい光景だろう。その目は好奇心に満ちて、けれど奥には少しの寂しさと不安の色が見て取れた。
「よし、んじゃまあ、観光でもする?」
「いや呑気かよ」
「そりゃ呑気だよ、平和だもん。どうせやることもないでしょ?」
「むう、確かに」
ヌヌはもう一度異世界の空を見上げ、うんと頷く。
「そうだな。悩んでてもしょうがねえし」
「呑気かよ」
「ハナのが感染っちまったぜ」
なんて軽口を叩きながら、ポジティブ呑気二人は街へと繰り出すのであった。