□不定期(2022-)
8ページ/9ページ




【お姫様抱っこ】


 これまでの粗筋!
 デジタルワールドに迷い込んだヒナタは、旅の中、ひょんなことから光のスピリットを手に入れる。さらには水のスピリットを持つマリーを仲間に加え、元の世界へ帰るための手掛かりを求めて旅を続けるのであった。
 ……という、あれやこれやとは特に関係なく、マリーはふと呟くのであった。

「お姫様抱っこって、どんな感じなんだろ?」

 時刻は夕方、川辺の洞窟で野営の準備を終え、食事も済ませた後、焚き火を囲みながら一息ついた頃にふとマリーが誰にともなく問いかける。

「何、急に?」
「いや、なんとなく。なんかそんな夢見た気がしてさ」
「ふぅん……されてみたいの?」

 あまり色恋沙汰に興味はなさそうだったが、そんなシチュエーションに憧れでもあったのかと、ヒナタは少し意外に思う。けれどマリーは眉をひそめ、

「うーん、そんなには?」

 腕を組んで首を傾げ、なぜだか本人が一番不思議そうに言う。

「なんでそんな夢見たのかなって。あたしそんな願望あるのかな?」
「どうかな。どこかで見たのが印象に残ってただけかもね」
「なるほどー。そっかぁ……」

 なんて頷きながら、じいっとヒナタを見詰める。
 視線の意図を察してヒナタは首を振る。

「できないからね?」

 マリーは小柄だが、ヒナタもヒナタで十分小柄な女子である。
 その細腕で人ひとり抱え上げるのは無理があろう。
 しかしマリーはちっちっちと指を振り、わざとらしく肩をすくめてみせる。

「おやおやヒナタさん、なにかお忘れでは?」
「あらあら、なにを忘れたかしら」
「スピリット・エボリューショおぉぉーーン!」

 言うが早いかマリーはデジヴァイスを掲げ、巨大イカの魔女・カルマーラモンへと進化する。
 そうしてドヤ顔で胸を張るのである。

「これなら楽勝!」
「まあ、賢い」

 適当な返事をするヒナタは迫りくる触手にもされるがまま。
 触手に持ち上げられ、お姫様抱っこと言えなくもないこともない格好になる。

「どうどう? どんな気分?」
「捕食される小動物の気分ね」
「わあ、ひどーい」

 イカの脚はウォーターベッドみたいで意外と心地はよかったが、巨大イカの圧が強すぎてどうにも落ち着かない。
 なんて思っているとカルマーラモンはそっとヒナタを下ろして、

「じゃあ交代! ヒナもやって!」

 と、人の姿に戻り、「抱っこ」と言わんばかりに両手を伸ばす。そんな可愛くねだられたらやらざるを得ないではないか。
 ヒナタはデジヴァイスを取り出し、ヴォルフモンへと進化する。
 そっと膝をつき、マリーの細い肩へと手を回す。
 そうして優しく抱き上げる。

「わ、わ、わぁ」
「如何です、お姫様?」
「うむ! うん……思ったより照れる」

 なんて言いながらもじもじするマリーには、あまり乗り気でなかったヒナタもなんだか少し楽しくなってくる。ここは顔を出したSっ気に任せてみることにした。

「お気に召しませんか、お・ひ・め・さ・ま?」
「ひあぁ、イケボで囁かないでぇ……!」
「あ、ちょ……!」

 思わず身悶えするマリーにバランスを崩し、手が滑って落としそうになってしまう。慌てて抱え直そうとマリーの身体を引き寄せる。小脇に抱えるようなおかしな体勢になりつつ、どうにか踏みとどまる。

「もう、危ないでしょ」

 ほっと一息ついてヒナタが言えば、なぜだかマリーは眉をひそめる。
 お姫様抱っことは程遠い格好。憧れるところなんて1ミリもない。なのになぜだか、

「あれ? なんかしっくりくるかも」
「え?」
「あ、これかも、夢のやつ」
「いや、どんな夢見てたの……」

 それは神のみぞ、いやマリーのみぞ知るところ。
 遠い遠いどこかで、知っているようで知らない誰かがくしゃみをした気がした。


-終-
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ