□不定期(2022-)
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【エモい】


 その村には「えもい」なる言葉があった。
 かつて訪れた人間の少女が使った言葉というが、その詳細な意味まではわからないという。
 何やら以前にも似た話を耳にした覚えがあるが、もしかすると何かしら関わりがあるのかもしれない。であればこの言葉も是非とも解き明かしたいものだ。と、旅の魔術師ウィザーモンは、再び謎の言葉の解明に意欲を燃やすのであった。

 まず前提として、詳細な意味はわからないまでも、少なくとも彼らはこれをポジティブな意味合いで使っているようだった。ニュアンスとしては「すばらしい」「感動した」といったあたりだろうか。
 語感、アクセントからして恐らくは「えも」から始まる何かしらの言葉を形容詞化したものであろう。たとえば「得物」「獲物」「絵物語」「絵文字」「衣紋」等々だが、前述の用途に当てはめるなら「えも言われぬ」「エモーショナル」あたりが有力か。

 第一候補として「えも言われぬ」。
 言葉にできないほどすばらしい、感動した、といった意味合いから、やや古めかしく大仰な「えも言われぬ」を若者言葉として省略した、というのは十分にあり得るだろう。
 何より元の言葉に「えもい」まで含まれているのも座りがよい。

 第二候補として「エモーショナル」。
 感情的な、を意味する言葉から、感情が大きく揺り動かされた、感動した、といった意味合いに転じたのではなかろうか。
 こちらも十分にあり得るが、しかしながら個人的に、言葉としての収まりの良さは前者にやや劣るようにも思う。
 もちろんあくまで個人的な印象に過ぎないものであり、現時点ではどちらも決定打に欠ける。

 決定打――もうひと押しの何かがあれば。
 たとえばそう、表記。
 これが「えもい」なのか「エモい」なのかが分かれば大勢は決したようなものであろう。
 だが口頭で伝え聞いただけではそんな表記など分かるはずもない。そもそも、ほぼ一生涯関わることのない異世界の言語など、進んで覚える物好きはそういない。
 ないものねだりをしても仕方がない。
 更に考察を進めるため、ここで先程は候補から外した言葉についても考えてみるとしよう。

 第三候補として「絵文字」。
 リアルワールドでは通信機器を用いた文字によるコミュニケーションが盛んであると聞いたことがある。
 普通の文字と比べ、きらびやかな装飾の施された絵文字による文章は感情表現も豊かに見えるだろう。そこから「絵文字のような感情表現」といった意味合いで「絵文い」と表現した、という仮説である。
 同じ理由で「絵物語」でもあり得るだろう。

 さて、ここまでは「えも」から始まる単語のみで考察してきたが、「え」と「も」がそもそも別々の単語という可能性も考えられる。
 であるとするなら「え」は「エクセレント」や「エクストラ」、「A級」といったところか。
 「え」がそういった単語であれば「も」は具体的な動作として「モーション」、見た目として「モデル」等が考えられよう。

 だが……やはりどれも決定打に欠ける。
 もっと別の視点から、あるいは原型を大きく崩した語である可能性も考えてみるべきであろう。

 え・も・い、えも、えむ……えむ、おー、いー……M・O・E?
 エム・オー・イーを崩して「エモイ」。すなわち原義は、「萌え」。
 聞いたことがある。確か創作物の登場人物に対する複雑な好意的感情を一言で表現する言葉であると。
 あるいは熱い思い、情熱を指して「燃え」。
 もしくは、その両方を内包したダブルミーニングとなっているのかもしれない。
 なるほど、面白い言葉遊びだ。
 やはりいずれも確信に至るものではないにせよ、答えに近付いていることは間違いないだろう。
 否、こうして情熱を傾け、考察を続けるこの行為こそ、あるいは「エモい」そのもの。そう、道程こそが終着であり、ある意味で私は既に、正解へと辿り着いたのかもしれない――

「……以上が私の見解なのだが、君はどう思うだろうか」

 なんていう辺りまで、たまたま会えた兄弟弟子の魔女にも意見を聞いてみようと話してみたところ、

「いや、エモいはエモーショナルだよ。あんた暇なの?」

 と呆れ顔であっさり正解を教えられたが、だからといってこれまでの考察のすべてが無駄になるというわけではないのである。
 知の探求は時として、結論そのものよりそこに至る道筋にこそ価値がある。それこそ正に、である。

 ゆえに結末まで含めて、私はこう言わせてもらおう。

「エモい……!」
「何言ってんの?」


-終-
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