□不定期(2022-)
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【真狼〜マカミ〜】


 火急の報せは、ある日突然にデジタルワールドから届いた。
 かつての旅の仲間、インプモンから告げられたのは、世界滅亡の危機という、にわかには信じ難い話であった。

 デジタルワールドでの冒険から数ヶ月。日常に戻ったヒナタは平和な時を過ごしていた。そんな折、都市部で大規模な電波障害が発生したとのニュースを目にする。そしてその元凶であろうものに、ヒナタは驚愕する。
 怪物だった。見上げた町の空には、おぞましい巨大な怪物の影があった。けれど人々はそれを気にもしていない様子で、当たり前のように日常生活を送っていた。
 デジモンだと、すぐに理解した。
 空に開いた亀裂の中から覗く、陽炎のように輪郭も曖昧な怪物の影。
 かろうじて判別できるその姿は、竜や獣、虫や機械が入り混じり、およそまともな生き物の体を成していない。天の摂理に弓を引くかのような、命を冒涜する所業の果てに生まれたであろうことは想像に難くない。

 デジメロディの旋律からその正体を探ろうと試みたものの、しかし感じ取れたそれは、人の理解が及ぶような類のものではなかった。
 怒りのようで、喜びのようで、激情のようで、虚無のようで、はっきりとそこに在るのに、何も無い。有と無、是と非、正と負、矛と盾をないまぜにした、二律背反の坩堝。
 分かることは、あれと共存できる生き物などこの世には存在しないであろうことくらい。

 怪物はゆっくりと、けれど確実にその亀裂を広げていた。
 あの亀裂が広がりきれば、怪物はこちらの世界に這い出てくるだろう。目的はいまだ不明だが、少なくとも友好関係を結ぼうというものの渡航方法でないことだけは確かだ。

 戦うしかないのか、と、ヒナタがデジヴァイスを握り締めたその時だった。
 鳴り響いた電子音とともに、デジヴァイスから懐かしい声が聞こえたのは。
 それはかつてともに旅をした仲間、インプモンだった。
 驚くヒナタにインプモンは語る。

 曰く、あの怪物は突如としてデジタルワールドに現れ、破壊の限りを尽くしたという。
 その目的も出自も不明だが、どういうわけか多くのデジモンたちはその名前を知っていた。なぜ、と問われようと誰にも理由はわからない。まるで結果へ至る原因だけが抜け落ちたように、まるで歴史そのものにぽっかりと穴が空いたように、ただ答えだけがそこにあった。

 歪められた因果の彼方、ここではないどこかの、自分ではない誰かの記憶に刻まれたその名を――“ミレニアモン”。

 デジモンたちは知っていた。
 それは世界に終焉をもたらすものであると。
 あたかも、それがもたらした終焉を見てきたかのように。

 いずれにせよこのまま放ってはおけないと、デジモンたちは決起し、国も思想も越えて手を取り合い、怪物に立ち向かった。
 戦いは熾烈を極め、沢山のデジモンたちが命を落とした。だがその最中、戦場に突如として空間の裂け目が現れ、怪物はその中へと消えてしまったのだという。
 裂け目の正体も怪物の行方も分からないが、ここで取り逃がすわけにはいかないと、数人の命知らずは怪物の後を追った。その一人が、インプモンだった。
 暗闇の中を彷徨い、ただひたすらに怪物を追い続けた。この先がどこへ通じているのか、他のものがどうなったのか、そもそも自分は前へ進めているのか、何もかも分からないまま。けれどそんな中、インプモンは懐かしい旋律を耳にする。
 そして、この暗闇の先にあるものを、怪物の目的が何であるかを、理解する。

 そう、怪物はどうやら、標的を“こちら”へと切り替えたらしい。

「さて、久しぶりに共闘といくか」
「あら素敵。少しばかり急いでもらえるともっと嬉しいけど」

 話している間に亀裂は広がり続け、やがて怪物の体高に届こうかというところ。怪物が最後のひと押しとばかりに力を込めれば、ガラスを叩き割るように次元の壁は砕け散る。
 咆哮。おぞましい狂喜の叫びがこだまする。その瞬間、周囲数キロのあらゆる電子機器が制御を失う。
 この世界に破滅をもたらす終末の獣を前に、ヒナタはたった一人、デジヴァイスを構える。
 デジタルワールドの全勢力をもって仕留めきれなかった怪物。相対するのはか弱い人間の少女。救援はどうやらインプモン一人。それも、少々遅刻してらっしゃるご様子。
 それでもヒナタの目に恐怖や躊躇いはない。ともに戦うと言ったのなら、来ると決まっているのだから。真っ直ぐに怪物を見据え、力強く一歩を踏み出す。

「スピリット……エボリューション!」


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