□不定期(2022-)
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【妖艶なお姉さん(?)】


「ちょっと気分転換してくる」

 なんて言って返事も待たずにマリーは駆け出していく。
 それはマリー、アユム、灯士郎の三人がそれぞれのビーストスピリットを手に入れて、しばらくしてのこと。
 元の世界へ帰る手掛かりを求めて旅を続ける三人は、この日、宿場町から離れた山中にいた。
 なんでもこの山の奥にある遺跡が十闘士に関わるものであるらしいと、そんな噂を耳にし、他に当てもないからとやって来たのだが……苦労の末にようやく見つけたそれは、遺跡すぎるくらいに遺跡だった。
 壁の一部に十闘士の紋章らしきものは見つかったものの、大部分は風化し、判別はほぼ不可能。少なくとも、考古学者でもないただの中高生にわかる範囲では、一つの手掛かりも得ることはできなかった。
 そうして気付けばそろそろ日も暮れようかという頃合い、街に戻るには少し遅く、今日は遺跡で夜を明かすことにしたのである。
 そんな中、突然何かを思い立ったようにマリーは立ち上がり、遺跡から出ていってしまったのだ。

「やれやれ……」

 遠ざかるマリーの後ろ姿にアユムは肩をすくめ、溜め息を吐く。

「もう日も落ちる。一人では……」
「まあ、少しくらいならいいだろう」

 心配する灯士郎に、しかしアユムは首を振る。
 ビーストスピリットもある程度使いこなせるようになった今、並のデジモンでは脅威にもなるまい。
 それに、あれで年頃の女の子だ。一人になりたい時もあるだろう。と、気を使ったのか、あるいは単に面倒になったのか、アユムはそのまま腰を下ろす。
 やがて空は、夜の色へと染まる。



「スピリット・エボリューション!」

 遺跡からほど近い湖のほとりで、マリーはデジヴァイスを取り出し、カルマーラモンへと進化する。
 ビーストスピリットは扱えるようになった。
 けれどそれは、喩えるなら暴れ馬にどうにかしがみつけているといったところ。乗りこなせているとはとても言えないレベルだった。

 灯士郎はカイザーレオモンで難なく戦っている。
 スピリットの中の何かが手助けしてくれているような感覚だというが、本人にもよくはわからないそうだ。
 アユムはメルキューレモンのままセフィロトモンの力の一部を扱えるらしい。
 表裏一体だとか、そもそも暴走のしようがないとかなんとか言っていたが、正直、どちらも何の参考にもならなかった。

 だからこうして一人、暇を見つけてはとにかく慣れようとカルマーラモンに進化してみているのだ。
 戦いさえしなければ暴走もない。アクセルを踏んでいないようなものなのだから。であれば慣らし運転にもならないかもだが、そこまで言い出すとどうしようもなくなる。

「むう……」

 頬を膨らませて腕を組む。と、ふと湖面に映る自分の姿が目に入った。
 下半分は逆さまの巨大イカだが、相変わらず無駄にセクシーである。で、あるのだが、そんな姿でぷくっとほっぺを膨らませているのは中々の違和感だった。
 無意識の仕草だったが、たぶん普段からしているのだろう。そういえば喋り方も特に意識していなかったが、この見た目では相当におかしかったのかもしれない。

「あれ?」

 まさかこれが、原因なのだろうか。
 なんて考えが不意に頭を過ぎる。
 あたしが子供っぽすぎるから、大人っぽいカルマーラモンがしっくりこない? からの暴走?
 いやいやそんな馬鹿な。とは思う。思うのだけれども……まあ、試してみる分にはタダである。

「あたし……わたし、わたくし……わらわ?」

 水面を姿見に、いろいろと言葉や仕草を変えてみる。
 表情がまず子供っぽいのだろう。本来のカルマーラモンはもっと余裕たっぷりに大人っぽく、くーるびゅーてぃーな感じではなかろうか。
 くいっと顎を上げ、少し物憂げに、流し目で……

「平伏せ、下郎」

 うん、違うか。
 てゆーかなんか一瞬知らない人が頭の中にいたような気がする。
 そうではなくてもっとこう、妖艶なお姉さん? みたいな。そう、妖艶……よーえんってなんだろう。
 言ってはみたものの、自分の知識と経験ではいまいちわからない。わからないが、とりあえずやってみる。

「うふふ、可愛がってあげる」

 意外といい気がした。
 いや、もういっそのこと、

「おーっほっほっほ! 女王様とお呼び!」

 なんとなく一番しっくりは来たけれど、これからこれで行くと考えると中々しんどい。
 息を吐き、ううんと唸る。そうしてふと、湖面のメルキューレモンと目が合った。鏡の交信術。遅いのでそろそろ戻れとでも言いに来てくれたのだろう。

「いつから見てた?」
「平伏せ下郎あたりから。声は掛けたぞ」
「そっかぁ」

 そして夜の山中に、声にならない声と高い高い水柱が上がるのだった。


-終-
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