□2018年 春期
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【明日ありと思う心の仇桜】


 こんな日がいつまでも続くのだと、あの頃の自分は、そんな風に錯覚していたのだと思う。
 秩序と平和はそこにあって当たり前のものであり、死や争いなどおよそ縁遠いもの、と。それはあまりに子供じみていて、あまりに思慮の足りない愚かな妄想。
 けれど、それも仕方のないことだったのかもしれない。

 ヒューマンとビースト――ただ少し姿が違うというだけの、取るに足らない些細な理由で二種族が争い合っていたのはとうに昔のこと。神の子・ルーチェモンの出現によって馬鹿げた諍いは瞬く間に終息し、世界には平和がもたらされた。
 神の子は王となり、世界はただ一人の王によって統治されたのだ。
 その思想は常に正しく、その言葉は常に絶対で、だからこの平和が揺らぐことなど想像だにしていなかった。

 しかし、この世には絶対も永遠も、ありはしなかったのだ。

 神の子は正しかった。ただ、正しさは一つではなかった。

 正義も、自由も、平和も、平等も、友愛も、幸福も、求める形は一つではなかった。
 命の数だけ心があり、心の数だけ道があり、その道の先にある答えさえ一つではない。

 だから、その戦いは起こるべくして起こったのだ。

 いつまでもずっと。いつかはきっと。そんな実のない願いを抱くことはもはや許されなかった。
 己がその目で答えを見出だし、己がその手で可能性を切り開き、己がその足で道なき道を突き進む。それが未来を選ぶ、ただ一つの方法だった。

 どれほどの傷を負おうとも、どれほどの苦しみに苛まれようとも、どれほどの犠牲を払おうとも、どれほどの怨嗟を向けられようとも、決して前へ進むことを止めてはいけない。
 立ち止まったその瞬間、それまでのすべてが意味を無くし、大義が失われる。大義なき戦いは、理不尽な暴力でしかない。
 だから、戦い続けたのだ。
 その戦いの果てに何を失うのか、まだ知る由もないままに――

 そうして……あれからどれほどの時を経たろうか。
 季節が一度巡り、二度巡り、三度巡って、十も過ぎた頃に数えることを止めた。
 振り返ることに意味がないとは言わないけれど、未来が過去に在ろうはずもない。

 荒野に佇む荘厳な白亜の城。その中庭に植えられた無骨な太樹に咲く、薄紅色の花弁を見詰めながら、城の主は小さく吐息を漏らす。

「ふふ、らしくない、のう」

 城から去りゆく子供たちの、彼女の遺志を継ぐ子らの後ろ姿を一瞥し、闇夜の王はそっと瞑目する。
 瞼の裏に映るのは在りし日の幻か、あるいはその先に築かれる未来か。王は語ることなくただ、微笑する。


-終-



SS第86弾は【明日ありと思う心の仇桜】。
明日は何が起こるかわかんないよね的な。
 


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