□2018年 春期
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【地下迷宮の戦い】


 土石を掻き分け巨体が駆ける。
 直径にして1メートル少しの洞穴の壁に何度も身体をぶつけ、それでも構わず彼は疾走する。
 それは上下左右にうねる地下トンネル。無数のトンネルが複雑に入り組み、絡み合い、まさに迷宮の様相を呈していた。
 そんな地下迷宮の中を駆けながら彼は、横合いへとその眼光を向ける。土壁の向こうに奴の、宿敵の姿を確かに捉えて。
 視覚など必要はなかった。光も差さず視線も通らぬ地下トンネル、頼れるものは聴覚一つ。彼の優れた聴覚は地下に響く移動音から正確に敵の位置を掴んでいた。
 だが、それは敵もまた同様。
 彼我の実力に差はなく、持ちうる能力さえまったくの同一。しかしてそれゆえに、彼らは戦うのだ。

 進化の道程、生存競争における最大の敵は、近親種に外ならない。
 生態が近しいゆえに住み処や食糧を同じくし、あるいは近しく僅かに異なるがゆえに思想や価値観を違える。どちらかが栄えることはどちらかが滅びることであり、共存・共生などという選択肢は端からない。
 一方が勝者となり、他方が敗者となる。それだけが彼らにとって唯一の結末であり、あるべき姿であった。

 ぎりぎりと歯列を鳴らし、彼は肢体にこれまで以上の力を込める。敵の動き、その向かう先から決着の時が、激突の瞬間が迫っていることを悟り、彼は静かに息を吐く。
 それは一族の悲願であった。
 奪われたその名を取り戻し、自らの真を証明すべく、彼は願いと誇りを己が螺旋の刃へと込めて咆哮する。

 地下迷宮を疾駆する二つの巨体が、土壁の向こうに見えぬ互いの姿を睨み据えたのはまったくの同時。
 雄叫びとともに地を駆る。進路はただ真っ直ぐに。誇りを懸けたこの決闘に、小細工など無用。正々堂々真っ向勝負を征してこそその勝利に意味はある。
 ややを置き、激しい金属の摩擦音と火花が地下空間に反響して荒れ狂う。
 激突から一拍、矢のように跳躍した両者は再び地を踏み締め、力を込め直す。交える刃の鍔ぜり合い。熱を帯びた得物が赤く染まり、軋みを上げ、それでもなお退くことなどない。
 筋肉が叫び、血液が沸騰し、細胞が燃え上がる。そうして――決着は一瞬の静寂の後に。

 巨体と巨体が互いに弾かれ合う。鏡像のような両者の姿はしかし、その瞬間のみ。一方は反動のままに転げ回り、倒れ伏し、しかし他方は両の脚をもって自らの身体を支え、踏み止まる。
 敗者と、勝者。それがいずれであるかは明白だった。
 敗者は悔しげに歯軋りし、勝者はその姿をただ一瞥し、去ってゆく。
 この戦いに懸けるのは、そう、“誇り”一つ。
 命を奪う必要などない。あるいは、それ以上のものを失うのだから。

 だん、と地を叩く。
 地に伏す敗者以外は誰もいなくなった地下迷宮に、その小さな音と、鳴咽だけが静かに響いた。
 どれほどそうしていただろう。涙も枯れたような虚ろな目で、彼はふらふらと立ち上がる。
 おもむろに口元へ手をやり、戦いに乱れた口髭をそっと撫でる。

 これは、己が名の真を懸けた決闘であった。
 勝者のみが名乗ることを許されたその名を――そう、“ドリモゲモン”という。
 敗れたものは屈辱の名を、“ニセドリモゲモン”の名を背負ってこれからを生きてゆくのである。

 くだらない、と心ないものは言うかもしれない。事実まあまあくだらないのだが、彼らにとっては種の誇りを懸けた聖戦といっても過言ではないのである。

 ちなみに後日、彼らが掘りまくってできたこの地下迷宮にとある旅の魔術師が迷い込むのだが、それはまた別のお話である。


-終-



SS第84弾は【地下迷宮の戦い】。
そう、くだらないのである。
 
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