□2017年 秋期
3ページ/7ページ




【ハートのキング】


「We are キング・オブ・ハーツ!」

 雲間を射抜くが如く天を指差して、真紅のデジモンは雄叫びを上げる。静寂を切り裂く咆哮に次ぎ、傍らに立つ青いデジモンのスピーカーのような身体から激しい音が鳴り響いた。

 それはデジタルワールドの辺境。志と利害を違えるものたちによって様々な小国が乱立し、各地で絶え間無く衝突が続く紛争地帯。そんなただ中にある小さな町の広場で、終わりの見えない戦いに疲弊する住人たちへ彼は声を張り上げる。

「絶望を越えて、立ち上がれ! Follow me !!」

 あまりにも唐突で、あまりにも場違いで、そんな言葉にまともに耳を貸すものなどいるはずもなかった。あるものはただ一瞥して通り過ぎ、あるものは見えも聞こえもしないかのように無視をする。中には舌打ちをするもの、罵倒するものさえいた。

「闇の先にある、希望の明日を目指し……!」

 激しく、強く、響き渡る音に乗せて言葉を紡ぐ。ドリルのような尾を持つ獣のデジモンと、その背に乗るウサギのようなデジモンが声を上げた。赤いデジモンの声とも青いデジモンの音ともぶつかり合うことなく一体となって音の波が拡がっていく。

「取り合う手と手で打ち砕け! 立ちはだかるもの、す・べ・て!」

 赤いデジモンが拳を突き上げる。立ち込める暗雲を打ち払うように、そびえ立つ障壁を穿つように。その声はどこまでも高く、どこまでも遠く、翔ける疾風のように吹き抜け、轟く迅雷のように鳴り響く。
 気付けば一人、また一人と足を止め、耳を傾けていた。

「さあ、目覚めろ! Brave Heart !!」

 その拳を真っ直ぐに突き出せば、胸を貫かれるような、魂を揺さ振られるような感覚に襲われる。
 背後で星のようなデジモンたちと太鼓のようなデジモンが軽快なステップを刻んだ。

「夢を語るのは終わりだ、荒野を駆け出せ!」

 そして彼方の地平を指差す。恐れるものなど何もないとばかり。その場の誰もが自らの心に点った炎の熱を、確かに感じていた。

「さあ、叫べよ! Gloria !!」

 いつの間にか広場は観衆で満たされていた。そこはとうに場違いどころか、誂えたような彼らのための舞台となっていた。
 バックではブラウン管テレビのような頭の忍者たちが舞っていた。

「夜は明け、日は昇るんだ!」

 再び掲げた拳には折れない覚悟と勇気を込めて、真紅のデジモンは今一度高らかにその名を叫ぶ。俺たちはここにいるのだと、お前たちもまたここにいるのだと。

「We are キング・オブ・ハーツ!!」

 自らの名を呼ばれたような錯覚。何百、何千、そこにいるすべてのものが真紅のデジモンを真っ直ぐに見詰めていた。そして彼もまた、皆を見ていたのだ。

「そう! 未来は! その手に……!」

 励ましではない。慰めでもない。そこにある未来をただ見据え、そこにある事実をただ語る。ゆえに彼の言葉は心を衝いて奮わせる。

「We are キング・オブ・ハーツ!!」

 三度語るは彼の、彼らの、そこにいるすべてのものの名であった。
 嵐のような大歓声が町を包み込む。駐留軍の兵たちさえ職務を忘れ、誰もが惜しみない拍手と喝采を贈っていた。そこに争いはなく、怒りはなく、蟠りはなく、悲しみはなく、隔たりはなく、憎しみはない。あるのはただ一つの音楽だけであった。

 こうして噂のロックバンド“キング・オブ・ハーツ”のゲリラライブは大盛況のうちに幕を閉じる。やがて彼らはこの地で一つの伝説を築くこととなるのだが――それはまた、別のお話である。
 ちなみに忍者たちは、部外者であった。


-終-



SS第70弾は【ハートのキング】。
何かのメロディに乗せるとなぜか合わないでもないぞ!
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ