□2017年 夏期
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【★】


『次なる満月の夜、月の雫を頂きに参上する。ゆめゆめ警戒を怠るなかれ――怪盗★』

 テーブルに置かれた写真には、そう書かれた一枚のカードが写っていた。
 写真を囲んでスーツの少年と仮面の女性、そして一匹の猫がソファに腰掛けている。少し離れたデスクでは壮年の男が腕を組んで瞑目していた。

 写真のカードがなんであるというなら、とある宝石店に届いた予告状であった。
 この現代日本でこんなもの、くだらない悪戯だと一蹴するのが普通の感覚であろうが、しかしながらこの盗っ人には前科があった。既にいくつかの宝石店が被害に遭っており、警察さえも出し抜かれてしまったことがあるのだ。
 怪盗の噂を知っていた宝石店のオーナーはすぐさま通報し、更には古い知り合いであるこの探偵事務所の所長に相談を持ち掛けたのである。

 予告状を前に三人と一匹はふむと唸り、やがて一匹がおもむろに口を開いた。

「相変わらず薄っぺらいにゃ」

 なんて。三人は同意するように頷いてみせた。
 これまでの手口や目撃情報から考えて、この盗っ人の正体は十中八九デジモンであった。デジモンの存在すら知らないものからするならまさに神出鬼没、正体不明の怪盗であろうが、その存在を認知し、対抗する術を持つものからするなら、はっきり言ってそこらのこそ泥とたいして違いはなかった。

「で、目星はついたのか?」
「ええ、特徴から考えて恐らくダークスーパースターモンね」
「完全体か……。予告状のセンスはともかくとして、戦闘となると厄介そうだな」

 仮面の女が手にした端末に映し出されたデータを一読し、少年は顎に手をやりふむと唸る。

「“月の雫”ってのは?」
「あの店で一番高いネックレスが三日月と雫っぽいデザインだから多分それにゃ」

 と答えるのは猫。少年は溜息を吐いて肩をすくめる。

「商品名と値段で言ってくれりゃわかりやすいのにな」
「にゃはは、恰好つけたいお年頃なのにゃ」
「完全体ならだいぶいい歳だろ」
「ふふふっ、いないところで言いたい放題ね」

 くすくすと、仮面の女は楽しそうに笑う。そうしてふと、猫が「ああ」と声を上げる。

「ところで前から気ににゃってたんだけど、こいつの名前ってにゃんて読むのかにゃ?」
「あん? あー……“かいとう・ほし”?」
「だせぇにゃ」
「じゃ“かいとう・しろぼし”か?」

 少年が言えば仮面の女は写真を覗き込む。写ったカードは確かに黒字に白い文字であったが、

「あら、確かに文字は白いけれど、この記号自体は“くろぼし”じゃないかしら」
「つまり……“かいとう・くろぼし”か」
「既に誰に負けてるにゃ」

 などと猫が言ったところで、今まで沈黙を守っていた壮年の男がふむと唸り、口を開く。

「しかし、考えてみればターゲットの呼称が定まっていないというのはチームの連携を妨げる要因にもなりかねんな」
「ん? ああ、なるほど確かに」
「にゃら、ここらで一回ちゃんと決めとくにゃ」

 にゃはっと猫が笑い、こうして第一回「“怪盗★”ってなんて読む?」会議の幕が開かれることとなった。
 まず口火を切ったのは仮面の女であった。

「日本語で読むからイマイチなら、“かいとう・スター”かしら?」

 と言えばしかし少年が首を振る。

「いや、こいつはきっともっと恰好つけたがるはずだ。“かいとう・シューティングスター”とかかもしれん」
「だったら“かいとう・ペンタクル”もあるかしら」
「ダークスーパースターモンなら単純に“かいとう・ダークスター”かもしれんな」
「むう、どっちもシンプルに恰好つけた名前だ。十分ありうるな」
「にゃはは。さすが恰好つけの気持ちはよくわかるにゃ」
「どういう意味だこら」

 少年が首根っこを引っつかんで顔を覗き込むも、しかし猫はどこ吹く風と欠伸をするばかり。

「はあ、そういうお前はなんだったらいいんだよ」
「そうにゃあ……うん、“ファントムシーフ・ダークスター”」
「急にかっけーな、おい」
「略して“ファン太”にゃ」
「急にだせえな」
「あら、でもカワイイわね」

 などという女の言葉に、しかして男たちは僅かに微妙そうな顔をしつつも頷く。

「よくよく考えりゃこいつに恰好いい名前付けてやる義理もねえよな」
「にゃら決まりにゃ」
「うふふ、本人が聞いたらどんな顔するかしら」

 そうして僅か1分足らずの話し合いは終了の運びとなる。
 勿論そんな話は露知らず、ファン太こと“かいとう・ルシファー”は今宵もまた、颯爽と闇を駆るのであった――


-終-



SS第68弾は【★】。
そろそろ本編なしは無理がある。
 
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