□2017年 夏期
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【ドレミファソラシド】


 分厚いカーテンの隙間から西日が差し込む薄暗い部屋。長テーブルを挟んで二人の男が座っており、部屋の奥では一人の女が事務机を前に腰掛けている。

「まずは、召集に応じてくれたことに感謝しよう。ありがとう、同志諸君」

 机に両肘をつき、口の前で手を組んで女が言う。一人の男が脚を組みながら背もたれに寄り掛かり、ひらひらと小さく手を振る。もう一人の男は腕組みをしながらただ瞑目していた。

「さて、本日の議題だが……いや、もはや言うまでもあるまい」

 そう言って女は二人を順に見る。

「あと一人だ。あと一人で役者は揃う。最後の一人、目星はついたろうか?」

 女が言えば二人の男はちらりと互いを一瞥し、首を振り合う。女はそんな二人の様子に、悔しげに溜息を吐く。

「そうか……やはり難しいか」

 女は苦々しくうなだれる。
 それは、彼女の悲願だった。
 この場にいる面々と初めて顔を合わせた時、彼女は運命を悟ったのだ。自分たちは見えない何かに導かれるようにここへ集った、同じ宿命を背負った同志なのだと。欠けたピースは、あと一つなのだ。

 女は、名を一之瀬音色といった。音色と書いて、ドレミと読むのである。
 一人の男は五十嵐穹。穹と書いてソラと読む。もう一人は七種士道。読みはシドウであるがここではシドと呼ばれている。
 そう、三人合わせて……“ドレミ ソラシド”である――!

「くそ……! 一体どこだ! ファ君はどこにいる……!?」

 だん、と机を叩けば押し黙っていたシド君がおもむろに立ち上がる。

「知りませんよ。ところでそろそろ電気点けていいですか。こう薄暗いと……」

 言うが早いかシド君は部屋の電灯を点ける。

「ああ!? 折角いい雰囲気だったのに!」
「はは、シド君、辛辣〜」

 なんて笑うソラ君も肩をすくめてしれっと書類を広げだす。ようやく明るくなった部屋で“予算案”と書かれた書類に目を通す彼は、この学校の生徒会執行部・会計である。
 書記を務めるシド君も再び席につき、数枚の書類を取り出す。
 そしてにわかには信じ難いことだがこちらの賑やかなドレミちゃん、この学校の生徒会長である。

「ちょっとぉ!? 興味なし!? ドレミ! ソラ! シド! が揃ったのよ!? 奇跡よ!? あとファだけよ!?」
「揃って何になるんですか。それより会長、文化祭のことなんですが……」
「ドラーイ! あんたの血は何色だ!」
「赤ですけど。文化祭はいいんですか」
「よくない! 超楽しみ!」
「じゃあ仕事してください」
「ぶー」

 などと頬を膨らませるドレミちゃんに、シド君は眉間を押さえて深々と溜息を吐く。この一見あれなドレミちゃんが学校一の秀才であることにはまったくもって納得がいかなかった。あと隣でソラ君がただただ肩を震わせていることにも納得はいかなかった。

「つーかドレミちゃんさー、さすがに“ファ”なんて名前は無くね?」
「うぐ……! ファ……えと、ふわ、とか?」
「はは、“不和”とか、ウケる。親なに? 離婚寸前?」

 そんな二人のやり取りにシド君は眉間のしわを益々深くし、再び溜息を漏らす。

「ファじゃなくていいから早く副会長入れましょうよ。さすがに人手不足ですよ」
「あ、そういや1年に超頭いい奴いんだけど」

 とソラ君が言えばドレミちゃんの目がきらりと鋭く輝く。

「名前は?」
「えーっと、あ、そうそうアユム君」
「どうにかファって読めない?」
「ええ〜? 歩だから……無理矢理読んだら、“フォ”?」
「よし、手を打とう」
「マジすか」
「マジよ、勧誘してきて」

 ぐっと親指を立て、ドレミちゃんはいい顔で言う。そんなこんなで噂の新入生・仙波歩の受難の日々がいつの間にか否応なく始まるのだが――それはまた別のお話である。


-終-



SS第67弾は【ドレミファソラシド】。
なんなんだろうねこれ。
 
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