□2016年 冬期
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【塵も積もれば山となる】


 端的に言って彼には、才能というものがまるでなかった。

 生物は生まれながらに平等ではない。
 種としての食物連鎖におけるヒエラルキーは勿論のこと、同種間においても個体によってそのスペックには明確な優劣が存在する。この世界に命を生み出し給う神の如きものがいたとして、それは、決して万物を等しく愛する聖母などではないのだろう。

 だがそれゆえに、不平等であるがゆえに生物は抗い、競い合い、試行錯誤をし、成長と進化を繰り返してゆくのだ。

 彼は底抜けに愚直だった。
 逆境こそが自らを高める最良の環境であると考え、自らの無能にこそ可能性を見出だした。
 才覚が神より与えられるギフトであるというなら、持たざることはすなわち神の作為より逃れおおせたということ。ゼロから始まるがゆえに、その眼前には無限の岐路があるのだと、そう考えた。

 彼は己の境遇に感謝した。
 何の縛りもしがらみもなく、誰の意図も意思も介在することなく、ただ己の信ずる道だけを己の意志のみで邁進することができる、その境遇に。
 そこには迷いも恐れもありはしなかった。己の足跡だけが道となる荒野は、まるで真っ白なキャンバスのよう。
 胸が躍り、血が震え、細胞という細胞が雄叫びを上げた。

 彼は嬉々と荒野へ一歩を踏み出した。
 千里の道をひた走り、万の戦場を駆け抜け、億の拳をふるった。
 その拳はいつしか岩をも砕いた。
 その拳はいつしか鋼をも貫いた。
 その拳はいつしか神の加護を受けし聖なる騎士の鎧にさえ亀裂を走らせ、世界を我がものにせんとする魔王の軍勢をも薙ぎ払い、やがてその雷名は、世界へと轟いた。

 客観的に見るから彼は、数百年に一度の傑物だった。

 誰もがそれを天賦の才だと考えた。そう思いたがった。
 彼だけがそれを愚直な努力と知っていた。塵芥の如き努力も巨峰の如く積もり積もればやがて、神の采配さえも覆す超常の力となる。

 そう、この世に為して為せぬことなど何一つとしてありはしない。失敗や挫折とは、ただ為してもいないだけのこと。何かを成し遂げるには、強き志一つあれば事足りるのだ。

 それが彼の獅子の、バンチョーレオモンの持論であった――

「……と、いうようなマスターの半生をミーが綴った『ロード・オブ・バンチョー』第5巻“塵も積もれば山となる”、一冊いかがネ?」

 語り終えた武人はおもむろに一冊の書籍を取り出し、そう問い掛ける。男爵髭のモグラは熱くなった目頭を押さえながら小さく震え、低く唸りを上げた。

「ぐぬう、なんという豪傑か……! これを読めば我輩も偉大なバンチョー殿へ近付けるのだろうか!?」
「勿論ネ! 今なら通常価格2,000ビットのところを1,980ビット! 更に全6巻のセットならなななんと10,000ビットの出血大サービっス!!」
「やすぅーい! 買ったぁ!」
「イエス! 毎度ネ!」

 叫んで武人とモグラはパーンとハイタッチを交わす。

 そう、こうして武人は彼のバンチョー殿が師範をつとめる道場のため、今日もちまちまと小銭を稼ぐのであった――


-終-



SS第56弾は【塵も積もれば山となる】です。
何が積もって何になったのやら。
 
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