□2016年 冬期
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【世界一おいしいチョコレートの作り方】


 デジタルワールド南方に位置するとある小世界では、カカオ豆の栽培が盛んに行われている。
 それはショコラティエの間では知らぬもののいない最高級品質のカカオ豆の産地であり、そのカカオから作られたチョコレートは下手な薬膳よりも身体によく、重病患者さえ跳び起きるほどの絶品だと言われている。
 しかしそれゆえ交易ルートは陸路、海路ともに盗賊の絶えない危険地帯となっており、近年その希少価値は益々高まっている。

 そんなカカオ大国を彼のデジモンが訪れた理由もまた、当然チョコレートにあった。
 重厚な二丁拳銃を手に、昼の酷暑と夜の極寒が身を裂く砂漠を、盗賊が根城を構える荒野を、餓えた猛獣の徘徊するサバンナを、黒衣のデジモンは険しい顔で歩んだ。
 すべては、最高のチョコレートを手に入れるため。

 時に盗賊と戦い、猛獣を退け、カカオの流通と利益を独占する犯罪シンジケートとかを潰して気が付けば町を救った英雄と周りに騒がれていたが、そんなことはどうでもよかった。
 長い旅路と激闘を経てついに最高のカカオを手にしたのだ。見返りはそんなものでいいのかと驚かれたが勿論いいに決まっていた。

 そう、出来合いの品などで満足するようならここまでは来やしない。そして、最高の素材はカカオ一つではないのだ。次なるは最高の砂糖。北方のとある山岳地帯でしか育たないと言われる幻のサトウキビを求め、休む間もなく出立する。
 更にはミルク、主役のチョコレートを引き立たせるアーモンドやボンボンに用いるウイスキー。ここまで来たら作るものもまた最上でなければなるまい。各地を渡り歩いて高名なショコラティエに弟子入りし、彼らの技術を余すところなく吸収し、そのすべてを己が内にて結集した。

 最高の素材、最上の技術、最強の儀式をもってしてのみ辿り着く、これぞショコラティエの頂点。これぞチョコレートの究極。自信を持ってそう断言できるほどの一品が、こうして遂に完成したのである――!

 はい、以上!
 回想終わり!

「……と、いう感じですわ! 怪しいものなど入っておりませんのでさあどうぞ!」

 満面の笑みで言った黒衣の修道女に、仮面の銃士はぐぐいと差し出されたチョコレートを押し戻して返す。

「いやちょっと待て、最後の儀式ってなんだ」
「あら、ただの美味しくなるおまじないですわ。お気になさらず。さあ!」

 ぐぐいぐいぐいと、修道女はなおも押して押して押しまくる。

「去年は間に合いませんでしたので2年分の想いを込めましたわ! さ、お姉様! あーん、してくださいまし」
「年単位でチョコレート作りに行ったのかお前……」

 後に銃士はこう語る。
 チョコレートは美味かった。これまで口にしたどんなチョコレートよりも。ただ……素材や技術だけでは説明のつかない何かが、そこには込められていた気がしてならないと。
 隣で嬉しそうに微笑む修道女を一瞥し、銃士は溜息を吐く。さて、来年はどうやって止めたものだろうか、と。

 それはあるデジモンの、恋と戦いの物語であった――


-終-



SS第55弾は【世界一おいしいチョコレートの作り方】。
バレンタインイラスト連動的なあれ。
 
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