□2016年 冬期
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【姫カット】


「姫カットとかどうかなぁ?」

 姿見の前で髪を弄りながら言ったマリーに、ヒナタは首を傾げる。

「ひめかっと……って何?」

 それは葵家、ヒナタの自室にて、年の瀬、クリスマスを過ぎた頃の話。きっかけは、年明けの初詣に可愛い振袖を着てみたいなという、マリーのそんな言葉だった。鏡を覗き込むマリーの眉は八の字に、眉間にはシワを寄せている。

「えー? 知らない? あのね、なんかこー」

 振り返ったマリーは両手をチョキの形に、前髪と左右の髪をばっさりと切るような仕草で、

「お姫様みたいな?」

 と言ってくるりと回りスカートを翻す。そんなマリーにヒナタはふむと小さく唸り、頷いてみせる。まだそう長い付き合いでもないが、後半の動きに特に意味がないだろうことと、髪型の話をしていることは理解できたらしい。

「確かに和装には合いそうね」
「でしょー? でもこればっさりいったらしばらく髪変え辛いなぁって」
「あらあら、じゃあウィッグなんてどうかしら?」
「ウィッグ?」

 二人揃って聞き返し、そして二人揃って目をぱちくりとさせる。気付けばゼロ距離で会話に混じっていたのはヒナタの姉、百合子である。振袖を着たいという話を聞き、それなら私にお任せあれとどこからともなく名乗りを上げたのが他ならぬこの人。

「ウィッグって、そんなの持ってるの?」

 ヒナタは問い返す。いつの間に、とは特に聞かなかった。いつものことであるからして。

「ええ。やっぱり和服には黒髪かなぁ、って」

 なんていう彼女の髪は、フランス人である父方の祖母の血を引く薄茶色。嫌いな訳では決してないけれど、母やマリーのような黒髪に憧れる気持ちも、同じ髪色の妹にはわからないでもないことだった。

「でも付けてるとこ見たことないけど」
「ふふ、そうなの。なんだか変装しているみたいで恥ずかしくって」
「えー、百合子さんならきっと黒髪でも可愛いと思うなー」
「あら〜、ありがとう。でもマリーちゃんならもぉ〜っと可愛いと思うの」
「え〜? えへへ、そっかなー」
「そうよ〜。ねえ、ヒナちゃん?」
「え? ええ、そうね」

 ヒナタがそう頷いた時にはもう、百合子の手はマリーの髪を弄り始めていた。嗚呼、これは気が済むまで離してくれないパターンだな、と、ヒナタは幼き日の我が身に置き換えしみじみと思う。思うも、でも面白そうなので自分も混じることにした。

「後ろはやっぱりアップよね」
「そうね〜。あ、マリーちゃんに似合いそうな簪があったわ」
「うーん、なんだったらセットだけでもいけそうね……」
「うふふ、なんだか妹が増えたみたい」
「うへへー。三姉妹だぁ」

 なんてマリーは楽しそうに笑う。ぶっちゃけ着せ替え人形みたいにされてる気はしつつも、満更でもないのでされるがままでいることにした。その着せ替え衣装が一揃えでウン十万なことなどは、勿論知る由もない。

 ちなみにその後、数日の試行錯誤を経て葵姉妹渾身の振袖コーディネイトは完成し、無事新年を迎えることとなるのだが――初詣にてクラスメートの男子がマリーと気付かず一目惚れをし、「天使に会った」という寝言をあろうことか本人の前でしてしまって云々、みたいな甘酸っぱい一悶着もあったりしたとかしなかったとか。

 後に、彼の男子中学生はこう語る。
 いつかタイムマシンを発明して、あの日の俺を必ず殺しにいく。必ずだ。と。

 そうそれは……時をも越える孤高の天才、あるいは哀しき復讐者の、知られざるプロローグであった。かもしれないし、違うかもしれなかった。


-終-



SS第53弾は【姫カット】。
なんだこれって? いつものことだろ!
 
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