□2016年 秋期
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【ペイルライダー】


 黒鉄の騎馬が暮れなずむ荒野を駆る。四肢に代わる車輪が岩肌に轍を刻み、咆哮に代わる内燃機関の駆動音が唸りを上げて。騎手たるは黒衣の魔王。片手に鉄の手綱を繰り、片手に銃を構える魔弾の射手。
 魔王は銃口とともに横合いへ視線を向け、訝しげに眉をひそめる。その三眸が捉えるのは奇妙な獣を駆る騎士だった。

 奴の名を知るものはいなかった。
 それは前兆の一つもなく現れ、痕跡の一つもなく消える。まるで天災のような存在。故に、曰く“死神”と畏れられていた。

 そんな噂を耳にしたのが数週間前のこと。面白そうだと、その行方を追った。
 奴自体には何の痕跡もなかったが、手掛かりがまるでない訳でもなかった。まさに“死神”とでもいうべきか、他ならぬ“死”こそが奴を示す道標だった。
 町単位での不可解な住人の消失。目的も見えぬあまりにも静かな大虐殺。いつ起こるかも、本当に“死神”の仕業かも定かでないそれだけが唯一の手掛かりだった。

 そうして、つい昨日のことだ。偶然立ち寄った町に、不自然に住人のいないその町に、“死神”の尻尾を見た。
 逃すものかと騎馬を駆った。いつ発ったのかも何処へ向かったのかもわからぬが、手当たり次第に付近を探し回った。
 そして、奴を見付け出したのだ。

 機械とも虫ともわからぬ不気味な騎獣に跨がり、髑髏の意匠を胸に抱く黒い騎士だった。
 お前が“死神”かと、問うことはしなかった。必要もなかった。ただその存在にまみえただけで、生物としての本能がけたたましく警鐘を鳴らしたのだ。これが“死神”かと、一目で確信を持った。
 心地のいい悪寒と戦慄、極上の美酒にも似た陶酔感。紅蓮の三眼を見開き魔王は、死の神へとその牙を剥いた。

 魔王にとって戦いは生きることそのものであり、死を間近に臨むことがなにより生を実感できる瞬間だった。
 その意味では、あるいはこれ以上の敵などいないのではないかとさえ思えた。

 二匹の騎獣がつかず離れず荒野を並走し、互いを牽制し合う。魔王が凶弾を放てば死神は手にした槍を繰り出して、数度撃ち合うだけで実力の程は容易に窺い知れた。
 端的に言って、実に面白い敵だった。

 黒鉄の銃が火を噴く。魔弾は風を裂いて死神へと迫り、寸での所でその残像を掠めて岩肌を削る。直ぐさま上方へ向けた視線は跳躍する魔獣の姿を捉え、かと思えばその姿を見失う。否、奴は間違いなくそこにいる。だがそれは魔獣を駆る騎士ではなく、巨大な戦斧を振りかざす重戦士だった。
 瀑布の如き戦斧の一撃が繰り出され、魔王がからくも逃れたその直後、荒野の大地が弾け飛ぶ。砂塵の中でゆらりと影が揺らめいて、そして再び魔獣と騎士が踊り出る。
 まさに変幻自在。
 ジョグレス、モードチェンジ、スライドエボリューション――いや、どれも違う。これまで数えるのも億劫なほどの敵と戦ってきたが、まるで見覚えのない現象だった。

 嗚呼、実に面白い!
 血が沸く。肉が踊る。魂が震えて命が雄叫びを上げる。
 もっと、もっと、もっと……!
 さあ、俺を愉しませてみせろ!

「貴公は、ここで果てる運命にない」

 視界が赤らむほどに熱を帯びたそんな時、戦意の隙間を縫うように静かな声がそう語る。
 気付けば目前に見えていたはずの騎士の姿はなく、耳元で囁かれた声に振り返ればそこには見慣れぬ姿。より屈強に、より不気味に、今までとは比較にもならないほどの威圧感を放つその姿こそ真の“死神”であると、理解するには易かった。

「てめえは……誰だ」

 思わず戦意も忘れて問えば微笑が返る。鉄仮面を歪めてにたりと嗤い、死神は言い放つ。

「なに、見ての通りただの貴族さ」
「……あ?」

 訳のわからぬ返答に眉をひそめれば、死神は嘲るように肩をすくめ、外套を翻せば瞬きの間にその姿が掻き消える。

『迷える子羊には、用心することだ――』

 そんな預言めいた言葉だけを残して。辺りを見回せどもはや気配も何もない。端から、ただの幻であったかのように。

 今にして思えば――死神の痕跡を見付けたのは本当に偶然だったのだろうか。まるで何かに導かれたようですらあった。

 魔王がその言葉の意味を理解したのは、それからしばらくのこと。
 それは魔王がとある少女と出会う、その少し前の話だった。


-終-



SS第49弾は【ペイルライダー】。
頭身には突っ込まないのが魔王の流儀。
 
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