□2016年 秋期
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【獅子窟中に異獣なし】


 女は嘆いていた。
 城壁の淵に腰掛け足を組み、気怠げに頬杖を突いて、双眸に憂いの色を湛え深々と溜息を吐く。
 傍らでは見るからに怪しい風体の男が女の様子をちらちらと窺いながら佇んでいた。
 女は名をアルケニモン、男はマミーモンといった。人に似た姿に化ける能力を持つこの二人は、元デーモン軍の幹部である。

 そんな女の溜息の訳は、見下ろす中庭で談笑しているカボチャ頭のデジモンたち。
 ここはエルドラディモンの背にそびえる古城。誇り高きゼブル――いや、ゼブブナイツの拠点である。それがどうだこの有様は。保育所じゃあるまいし。まったく、あんな奴らを引き入れるなぞ、うちのジェネラル様は何を考えているんだか。
 なんて、肩を竦めてクモ女はまた大きな溜息を零した。



「あ、あいつだ」
「あん?」

 のほほんとした新入りにぷんすかとお冠なクモ女を宥めながら渡り廊下を歩いていると、ふとミイラ男は当のカボチャ頭ことパンプモンを見掛ける。同じく怒りの矛先を向けられている人間の少女と連れ立って、城壁の上の回廊を歩いていた。
 何なら嫌味の一つくらい言ってやろうかとクモ女が近付けば、カボチャ頭は欄干の上でくるりと回ってびしりと空を指す。何をしているのだと、首を傾げる二人の前で指差す空から現れたのは、それはそれは巨大なカボチャであった。
 後にミイラ男は語る。月でも落ちてきたかと思った、と。

「よいしょ」

 そんな巨大カボチャを軽々受け止めて、かと思えばひょいとぶん投げる。湖畔に佇む城の上から投じられた巨大カボチャが湖に落ちて水柱が上がる。
 後で聞いたところによると、パンプモンがどれくらいの大きさまでのカボチャを出せるのかという話をしていたのだという。
 城の塔ほどもある水柱をしばらく眺め、クモ女はふんと鼻で笑う。態度とは裏腹に、頬には汗が浮かんでいたという。
 嫌味とか言うのは、止めておくことにした。



 城壁の回廊を引き返して特に目的もなくうろうろしていると、練兵場の付近から剣戟のような音が聞こえて二人は立ち止まる。
 砲兵の多いこの軍では珍しいと覗き見れば、そこには比翼の騎士と模擬刀で鍛練をする人間の少年がいた。
 真剣と遜色ないほどに激しく火花を散らし、剣気がつむじ風となって渦を巻いていた。

 あいつ成熟期くらいなら生身で勝てそうだねと、言ったミイラ男の言葉に、クモ女は答えなかった。



 廊下で聞こえた声に通り掛かった図書室を覗けば、リリスモンの相談役だという書の賢人と人間の少年が話をしていた。
 が、小難しいどころの騒ぎではない内容にミイラ男が10秒もしない内に頭から煙を噴いたので早々に立ち去ることにした。



 城内の一角にある工房では二人の同僚である赤い骸骨がカボチャの友人だという石頭のデジモンと話をしている場面に遭遇した。
 聞けばこの石頭は鍛冶師だそうだが、骸骨が手にしていた得物はなぜだかいつもより輝いて見えた。

「ほう、たいしたものだ。いい腕だな」
「お、恐れ入ります……」

 数時間後、そこにはぴかぴかの仕込み杖を手に石頭と意気投合するミイラ男の姿があったという。



「あ、ホントにアルケニモンだ! おーい!」

 ミイラ男を工房に置いてクモ女が独り、妙に疲れた顔で中庭に戻ってくると人間の少女に声を掛けられる。丸いテーブルを囲んでもう一人の少女とパンプモン、そしてなぜだかレディーデビモンが椅子に掛けていた。

「え? な、なんだい一体?」
「えっとね、今ちょっと女子会やろうと思って」
「ジョシカイ?」
「女の子同士でお茶会……かな」

 ジェネラル殿が言えば卓上に置かれた鏡がうむと言う。

「という訳じゃ。そちも突っ立っておらぬで座るがよい」
「は、はあ……って、えええ!? リリスモン様!?」
「いろいろあって仲間にしたの」
「ほほほ、されてしもうたわ」

 などと女帝陛下は楽しげに笑い、その横で従者がなぜ自分までと言わんばかりの顔をする。なぜというなら主の使いで城を訪れた際、日々精度を増すジェネラル殿の力にクモ女共々見付かってしまい、たまたまその時その横に女子会の言い出しっぺがいたというだけである。
 そんなこんなでなし崩し的に強制参加を余儀なくされるクモ女であったが――カボチャ頭のスイーツは意外と気に入ったらしく、憤りはどこへやら、その後度々女子会に顔を出す姿が目撃される。

 その様子を見ていた人間の少年は、「餌付け」という言葉をそっと飲み込んだという。


-終-



SS第46弾は【獅子窟中に異獣なし】。
この圧倒的文字数不足感。
 
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