□2016年 秋期
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【不倶戴天】


 ある種のデジモンには、種そのものに定められた“敵”がいる。

 それは食物連鎖における天敵、あるいは共通の縄張りや食糧を奪い合う競合他生物、といった意味合いではない。
 一つ例を挙げるなら、隻眼の竜人・サイクロモンは自らの片目を奪ったレオモンを敵視し、憎き仇への復讐を至上の目的としている。
 だが、今現在このデジタルワールドに新たに現れるサイクロモンは進化を果たしたその瞬間から隻眼であり、仇であるはずのレオモンと面識がないどころか、場合によってはただの一度も出会うことすらなく生涯を終えることもある。

 それは種そのものに刻まれた根源の記憶であり、それを受け継いだだけの末裔にとっては自らの思想や経験となんら関わりのないものに過ぎない。だがそれは、いや、それゆえに、抗いようのない本能として時にその心を支配し、その身を衝き動かすことさえあるのだ。

 この世界に新たな種が生まれた時、その進化アルゴリズムはデジタルワールドの心臓部であるカーネルへとフィードバックされ、デジタルモンスターという生物自体の進化系譜が書き換えられ、更新される。それ以降に生まれるデジモンは追加された進化因子を先天的に持ち、元は偶然に偶然が重なった突然変異でしかなかったその進化も、やがて世界に溢れ返ることとなる。

 さて、ここに1匹のサイクロモンがいる。
 運がいいのか悪いのか、彼は進化を遂げたその直後に怨敵たるレオモンとの遭遇を果たす。
 理由のわからぬ憎しみが彼の心を満たし、彼は衝動のままに己が敵へと襲い掛かる……はずだった。
 しかし彼はそうしなかった。できなかったのだ。

 レオモンは友だった。同じ村で生まれ育った幼なじみだった。
 本能が憎めと殺せと叫べども、理性が彼を踏み止まらせた。
 優しく、穏やかで、友達思いのサイクロモンは独り苦悩する。そうして――怨敵にして親友の前からやがて、彼は姿を消すことになる。

 レオモンは理由を知っていた。だから追おうとはしなかった。それは友をより苦しめるだけだとわかっていたから。

 サイクロモンはただ独り、種の本能に抗う術を求める旅を続けた。
 沢山のデジモンに出会い、多くの知識を得た。いつか己が内よりこの憎しみを取り払い、再び親友の元へと帰ることを夢見て。

 それから、一体どれほどの歳月が流れたことだろうか。

 親友との再会は叶わぬまま、レオモンもまた旅を続けていた。
 幾度の戦場を越え、誇りを胸に戦い抜いた若獅子はやがて、“バンチョー”の名を冠する究極体へと進化する。

 そんな獅子はある時、支配圏を拡大しようと進攻する魔王バルバモンの軍勢に単騎で戦いを挑むことになる。
 国の辺境、小さな村を臨む小高い丘の上で、首都を目指して進軍する魔王軍の前に立ちはだかるその獅子が何者であるか、何を目的とするかも魔王軍には知る由もないことだった。
 よもや夢にも思わなかっただろう。何の侵略価値もないただの農村を守るため、魔王バルバモンの軍勢に立ち向かったなどとは。それが、一宿一飯の恩を受けたという、それだけの理由だったなどとは。

 この戦いで魔王軍は甚大な被害を被り、国そのものから手を引かざるを得なくなる。そして獅子は、伝説の豪傑としてその雷名を轟かせることとなるのだが――それは余談である。

 この物語の結末は決して劇的ではなく、幸福ではなく、それが結末であったことさえ知るものがいたかもわからない。
 獅子と最後まで渡り合った精鋭、バルバモンの支配下にあった単眼の魔王獣・デスモンが何者であったのかを、獅子が知り得るはずなどなかったのだから。
 両者が決着の間際、傍目にはわからぬほどの刹那に動きを止めた理由は定かでない。互いのその目に何を見出だしたのか、それは生き延びた獅子のみぞ知ることであり、獅子が語らぬ以上は他の誰にも知る術などないのだ。
 その結末に致るまでの経緯も、バルバモンが討たれた今となっては知るものももはやいない。

 それは運命だったろうか。種に科せられた宿命だったろうか。
 獅子はその不条理を打ち砕かんとするかの如く、今日も明日もまた修練に励むことだろう。もう届くことない想いを、遠い空に馳せて。

 そうそれは、種の本能に翻弄されたある、悲しいデジモンたちの物語であった――


-終-



SS第45弾は【不倶戴天】。
若かりしお師匠の物語です。
 
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