□2016年 夏期
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【我が人生に一片の悔い無し】


 人生の価値とは、何をもって決まるものであろうか。
 善行や偉業を為すことであろうか。地位や名声や財産か。あるいは友人や家族、恋人の数であろうか。いかに慕われ敬われる立派な人物であったかであろうか。
 否、答えはどれでもあってどれでもない。それを決めるのは、他でもない自分自身なのだから。

 故に、彼にとってその人生は光り輝くほどに価値あるものであり、彼は自らの選択に後悔など微塵もなかった。たとえ明日、いや、あるいはほんの1秒の後、この世界から消えて失くなるとしても、彼は心穏やかにその結末を受け入れるであろう。
 迫られた選択は、突き付けられた二択はしかし、彼には迷うべくもないことだった。望むところだと、彼は己が眼前に拓けたただ一本の道を躊躇いなく突き進んだのである。たとえその先に何が待ち受けていようとも、進まぬことなど有り得なかった。

 からんと、男の手から落ちたスプーンが空の皿に跳ねる。食卓に真っ直ぐに向き、スプーンを持ち上げた恰好のまま、男は天へと昇るが如く晴れやかな顔で微笑む。そんな男に二人の女性が笑いかけ、そうして男はただ静かに、自らの意識を手放すのであった――





 抜けるように澄み渡る空に朝日が燦々と輝く。まだ大半がシャッターも閉じたままの商店街で、通学途中であろう二人の女学生が朝の挨拶を交わしていた。片や中学生、片や高校生。ともすれば姉妹にも見える二人は、二つばかり歳の離れた友人だった。

「おはよう」
「おはー」
「昨日はどう? おじさん喜んでた?」
「うん、そりゃあもう。泡吹いて白目剥くくらい!」
「そ、そう……」

 年上の少女は友人の返答に少しを置いてそれだけ言う。お店は大丈夫かしらと、思うも何もできぬ無力に少女はただ青い空を見上げた。
 お父さんの誕生日に手料理を振る舞ってあげる。その心意気は立派なものであり、事実喜んでもらえたのだと思う。腕前は横に置いておくとして、であるが。
 2、3回に1回はうまくいくからひょっとして、とは、どうやら見通しが甘かったらしい。

「あー、あのね。最近お姉ちゃんが凝っててね、身体にいいお茶があるの。一日遅れだけど、後で渡しておいてもらえる?」
「ほんとー? 喜ぶよー!」

 私にはそれくらいしかできないからと、止めなかった少女は伏し目がちに花屋の軒先を一瞥する。
 その日、フラワーショップ・マリアージュの店頭に立つ店主の顔は、真っ青ながらもなぜだか満足げであったと、店を訪れた人々は語る。

 そう、それはある、退けぬ戦いに挑んだ男の、物語であった――


-終-



SS第41弾は【我が人生に一片の悔い無し】。
なんだか描いたら書きたくなった。
 
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