□2016年 夏期
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【栗】


 何故と、問うたものは誰であったか。
 よもやそれがこれほどまでの争いの火種となろうなど、夢にも思わなかったことだろう。

 とある地に傭兵を生業とする二つの一族があった。
 稼業を同じくし、似通った技と姿を持ち、けれど出自と信条を違う彼らは、ともに闇を生きる“忍”の者であり、そして商売敵であった。

 そこに一つの争いがあった。
 不倶戴天の怨敵と、血で血を洗うが如き壮絶なる憎悪の応酬であった。
 それは商売敵故に、ではなかった。二つの忍の一族がそうまでいがみ合う理由はそのようなことにはなかった。そこに第三者の思惑や利害はなく、ただ彼ら自身の譲れぬ誇りだけがあった。
 正否はなく、善悪はなく、損得さえもなく、だからこそ歯止めなど利くはずもなかった。

 ただその存在が許せぬと、一方が敵意を向け、その存在を認めよと、他方も敵意を返したのだ。

 始まりはとうに昔のことだった。
 リアルワールドに実在する名を冠した二つの忍の隠れ里。その中間地点に位置する紋武山麓の関所に端を発す、後に“紋武の乱”と呼ばれる事変を皮切りに、笑天門の里や暗ノ魔狩の里をはじめとする多数の隠れ里を巻き込み、戦いは次第に苛烈さを増していった。
 やがて山岳を横断する大渓流・沙流河にて勃発する合戦は、両軍疲弊による一度の停戦を置いて二度に亘り、通称“沙流河の二ノ合戦”の後、抗争はようやく終息の途を辿ることとなる。

 きっかけは彼らを共に認め、雇用しようという新たな雇い主の出現だった。第三者の介入により自分たちの争いがいかに愚かで醜いものであるかを客観視できたことも大きかったのであろう。
 二つの忍の隠れ里、“伊賀の里”と“甲賀の里”は僅かの蟠りを残しつつも、それでも互いの存在を認め、共に歩んで行くことを選んだのである。

 後に彼らは当時のことを笑い話のように振り返る。

 伊賀忍者とイガ栗を掛けてイガモンなら解る。だが甲賀忍者と栗に何の関係があるというのか。コウガモンとは明らかにイガモンありきのデザインとネーミングではないのか、と。

 後になって思えばなぜあんなことでああまで憎み合えたのか、不思議で仕方がないほどだった。

 その後、彼らは同じ騎士団に身を置く同士として、少しずつではあるものの互いに歩み寄り、理解と親睦を日々深めていく。
 この世は理不尽と不条理に溢れ、いつの時代も争いが絶えることはない。だが、和解の鍵はきっとなんでもない場所に、それこそずっと目の前にでも無造作に転がっているものなのだと。その小さな鍵に気付くことができるかが大切なのだと、後に彼らは穏やかな顔でそう語る。

 ちなみに余談だが、甲賀の正しい読みは“コウガ”ではなく“コウカ”であり、小さな小さな争いの火種はいまだ当人たちさえ知らぬところに燻っていたのだが、それはまた、別の話である――


-終-



SS第40弾は【栗】です。
ずっこけ忍者ズの同僚だそうです。
 
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