□2016年 春期
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【ザ・ワールド】


「“ザ・ワールド”――“世界”のカードが意味するのは完成、成就……」

 テーブルに並べられたタロットカードの一枚をとんと指で突き、彼女は妖艶な笑みを浮かべてみせた。紺のスーツにすらりと伸びた長身痩躯、腰まで届くプラチナブロンドはいやがおうでも人の目を引く。だが、なにより目立つのはその素顔を隠す仮面舞踏会のような銀のヴェネツィアンマスクであろう。ちなみにここは現代日本の都心である。

「完成、か。それは停滞に等しいことだ。残念ながら俺には的外れだな」

 そんな彼女にもまるで動じることなく、どこか皮肉げに言ってのけるのはテーブルの向かいに座る彼、年の頃まだ十代半ばであろう少年である。
 仮面の女性は少年の言葉にまた薄く笑う。カードの縁にそっと指を這わせ、上目遣いに少年を見据える。

「ふふ……そうね、その通りよ。完成を意味するのは正位置の“世界”。これは、逆位置ですもの」
「逆位置?」
「カードが逆さまでしょう。逆位置になるとカードの持つ意味も逆転するのよ」
「ん?」
「逆位置の“世界”が意味するのは未完成、低迷……よかったわね、望み通りよ」

 なんて、また笑う。仮面ではあるがその表情は明らかに、無邪気な子供を見て微笑ましく思う母か姉のよう。むう、と小さく唸り少年は、

「……そーだな」

 そう、少しだけ不満げに頷いてみせる。

「ふふ、冗談よ。拗ねないの」
「拗ねてない」
「あらそう? ごめんなさい」

 仮面の女性がそうにこりと笑えば少年は、口をへの字に曲げて小さく頷く。馬鹿にされているな、というくらいは以前から、というかむしろ初対面から気付いていたけれど、むきになればなるほど面白がられるだけだということもとうに分かっていた。ので、わかればいいんだ反省しろという顔を、せめて精一杯してみたりする。
 しかしそんな少年の心の内すら見透かすように、仮面の女性はただ変わらぬ笑みを浮かべる。嗚呼、なんて可愛い坊やなのかしら、とでも言わんばかり。
 そうして、ひとしきり楽しげに笑うとふと、窓の外を見遣り、少しだけ名残惜しそうに溜息を吐く。

「ところで、楽しいじゃれ合いの最中にとても残念なのだけれど」
「じゃれた覚えはないがなんだ」

 問えばついと、窓の外を指差して言う。

「また現れたみたい」
「っ! デジモンか?」
「ええ、近いわね。いつまでも私と遊んでいていいのかしら」
「いいわけあるか! 早く言え!」
「あら、失礼。次からは気を付けるわ」

 などと言って肩をすくめる。少年はそんな彼女を一瞥し、テーブルに置かれた紫色の携帯端末を手にして慌ただしく飛び出していく。

「ビリー、行くぞ!」
「やれやれ、待ちくたびれたぜ」

 その後を、ふよふよと宙に浮く青いボールに手足が生えたような生き物が追う。
 仮面の女性はその後ろ姿を見送ると、再び卓上のタロットカードへ視線を落とす。

 “ザ・ワールド”――中央に位置する一人の人物を囲むように、四元素を意味する天使、鷲、牛、獅子が描かれた構図は、図らずもまるで彼らそのもの。何の因果だろうかと、今は遠い彼の世界へ思いを馳せる。これが彼らの行く末を暗示するというなら、せめて命あるうちはそれを見届けようと、仮面の女性はただ穏やかに微笑む。

 それは蒼き皇帝竜を駆る少年か、黒翼の魔王に見初められし少女か、炎の闘志を継ぐ少年か、あるいは――

「さあ、誰が“世界”を手にしてみせるのかしら……?」

 不意に開け放たれたままの扉から風が吹き込む。“世界”のカードが、ひらりと舞った。


-終-



SS第33弾は【ザ・ワールド】。
今年こそはやるぞっていう意思表示的な。
 
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