□2015年 冬期
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【フォンダンショコラ】


 フォンダンショコラ――原語により近しい発音をするならフォンダン・オ・ショコラは、フランス発祥のチョコレート菓子である。
 焼き菓子でありながら内部まで完全には焼き上げず、内側がチョコレートソース状になっており、焼き菓子の香ばしさや食感に生菓子のような舌触りと口溶けを併せ持つ。冬真っ只中のバレンタインにもある意味で最適と言える、心も身体も温まるホットなスイーツなのである。

 と、焼きたてのフォンダンショコラよりも熱くそう語る友人に、あたしは頬杖を突いてスマホを弄りながら「そうだね」と返す。そもそもバレンタインどうすんのってちょっとした恋バナだったはずなのだけれど、色気より食い気なこの子に振ったのが間違いだったか。

「私も好きだなぁ、フォンダンショコラ。商店街のケーキ屋さんにあったっけ」
「あるよあるよー! あー、でもちょっと遠いけど駅前の――」
「ユカぁ、合わせなくていいから」

 あたしの言葉に食いしん坊キャラな友人は唇を尖んがらせて頬を膨らませる。人のいいもう一人の友人が笑顔のまま首を傾げる。

「なんだよー、付き合い悪いなー。友チョコと洒落込もうぜ!」
「わあ、いいねぇ友チョコ。皆で食べに行こうよー」
「いやそれもう普通にチョコ食べに行くだけじゃね?」
「んもう、ミナちゃんったら文句ばっかり! ぷりぷり! お母さん怒るわよ!」
「誰がお母さんだ、貧乳め」
「んにゃー!? 胸関係あんのかこらー!」
「乳出るサイズですかっての。よく食う割にゃ栄養行き渡ってませんこと」

 へ、と鼻で笑ってやれば貧乳食いしん坊は鬼瓦のような面白い顔で歯を食いしばる。

「け、喧嘩は駄目だよ〜、二人ともぉ」
「あはは、喧嘩じゃないってぇ。なあ?」
「ふ、ふふふ……ああ〜そうとも、その通りだ! こいつぁ戦争だぞこらぁー!」

 むきーっ、と餌を求めて人里に降りてきた猿の如く飛び掛かってくる貧乳と、両手で組み合って力比べみたいな格好になる。上背だけならこちらに分があるはずだが、お互い押し切れずにぷるぷる震える。こんの野郎、眼鏡の癖に馬鹿力しやがってぇ……! てゆーかまだそこそこ人のいる放課後の教室ど真ん中で何の時間だこれぇ!?

「んぬああ! 燃えろあたしのデジソぉウル!」
「んだそれぇ……勝手に燃え尽きてろっつの!」
「だぁ〜めぇ〜だってばぁ!」
「うあひゃ!?」

 なんて馬鹿やってると横合いから人のいい常識人な友人のタックルが炸裂し、三人諸共にどんがらがっしゃんと倒れ込む。ちなみにここまで周りのクラスメートが誰一人として止めに入らないのは大体いつものことだからである。
 ほぼルーチンワークと化した喧嘩を一通りやり終え、溜息を吐きながら起き上がって腰にしがみついてるお人よしの頭をぽんぽんと叩く。

「ほらユカ、終わったから。もう止めたから」
「ほえ?」
「ち、今日も引き分けか。腕を上げたなミナミよ」
「誰視点だよ。はあ、もう暴れたらなんか腹減ってきたな」
「お? よーし、んじゃあフォンダンショコラでも食べに行くとしますか!」
「え? あ、そうだね。皆で行こうよ!」
「しゃーねえなぁ。ハナの絶壁に養分やりに行ってやるか」
「ぬあ!? ぐぬぬ……今に見てろよ、立派に実ってやっからなぁ!」
「は、まあせいぜい頑張んな」
「鼻で笑うなー!」
「ふ、二人ともぉ……!」

 そんなやり取りをしながら少女たちは教室を後にする。
 それはとある女子中学生の、世界の命運とかとは特に関係のないとても平和でいつも通りな、ある日の出来事であった。


-終-



SS第32弾は続けてバレンタインな【フォンダンショコラ】。
よく考えたら今まで出てなかった眼鏡。そして初のデジモン影も形もなしっていう。
 
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