□2015年 冬期
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【聖なる夜に】


 ふと見上げた聖夜の空には、天使が舞っていた。

 12月24日、朝。
 私はいつものように起床し、いつものように家を出た。世間はクリスマスムード一色だが私にはあまり関係のないことだ。子供でもなければ親でもなし、恋人もいなければクリスチャンでもない。このイベントに引っ掛かる要素が何一つとしてなかった。
 ただの平日。いつものように仕事をして、誰もいない部屋に帰ってくる。折角だから帰りにチキンとケーキくらいは買ってくるけれど、まあ、その程度の日でしかない。

 12月24日、昼過ぎ。
 昼食を終えて牛丼屋を出た時、これといって理由があったわけでもないが不意に空を見る。
 晴れた空に何かを見た気がしたけれど、さして気にもせず仕事に戻る。

 12月24日、夕方。
 仕事終わりにいつもの弁当屋へ寄る。クリスマス感は限りなくゼロだがチキン南蛮を頼む。出来立ての弁当を受け取って、ついでにコンビニでケーキを買って帰宅する。

 12月24日、夜。
 独りきりの部屋で夕食を取る。風呂に入って、洗濯をして、ベランダで何気なく夜空を眺めた。真っ白な雪が、澄んだ空にほろほろと舞っていた。

 昔……そう、もうずっと昔のことだ。不思議な生き物を見たことがある。
 妖精だとかそういう類のものだったと思う。子供の頃には何度か見掛けたそれは、大人になるにつれて見えなくなってしまった。

 この広い宇宙のどこかには、子供にしか見えない世界がある。子供にしか出会えない生き物がいる。
 何を知っていた訳でもないけれど、ただ漠然とそんな風に思っていた。そういうものだと、納得していた。
 だから嬉しい半面、戸惑いもあった。どうして今になってと、そんな思いを抱いた。
 もしあの日、あの時、あの場所で、気付けなかっただけの道がどこかに開けていたとしたら。知らない道へと踏み出せていたとしたら、今日という今は違うものになっていただろうか。

 柄にもなく黄昏れて、何の意味もない妄想に自嘲する。
 ふふ、と彼女は微笑んでくれた気がした。

 12月25日、朝。
 いつものように目を覚ます。何気なくテレビを付けてみるが代わり映えのないニュースばかりだった。

 もしかすると、特別なことなんて何もなかったのかもしれない。それは何でもない日常の風景だったのかもしれない。ただ少し、中々気付けない人もいるというだけで。
 もしかすると、始まりに理由なんてないのかもしれない。普通の人の、普通の日常の中にも、目を凝らせば種は埋まっていたのだろうか。ただ、気付きもせずに枯らしてしまっただけで。

 私は、これまでの人生で一体どれほどを取り零してきたろうか。これからどれほどを拾い上げられるだろうか。
 何もないいつもの晴れやかな空を見上げ、私は小さく笑う。

 どこかで天使が、笑った気がした。


-終-



SS第27弾は【聖なる夜に】でございます。
イラスト連動的なあれ。雰囲気で。
 
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