□2015年 冬期
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【竜の髭】


 ファイル島は南西部に位置する“竜の目の湖”。そこから延びる小川は“竜の髭”と呼ばれていた。
 元は湖の東側、迷わずの森に住むデジモンが自らの生活用水を得るが為だけに鍬1本で掘ったものであったというが、今では橋まで掛けられ水車の回る立派な川となっている。

 そんな“竜の髭”の辺に腰を降ろし、穏やかな清流を眺めながら私は、一人思惟に耽る。
 “竜の目”から延びる川なら“竜の睫毛”ではなかろうか。などという考えが過ぎったからであるが、やはり睫毛にしては長すぎるし太すぎるだろう。何よりたった1本だ。いや、本数を言うなら髭も2本ではないかという気もするのだが、ならそもそも目だって2つのはずだ。だとするなら解釈として妥当なところは、そう、横顔であろう。
 そこまで考えて、いや、と小さく首を振る。

 髭は進行方向と真逆になびいているはずだ。北を上方に見るならこの竜は北西、則ち斜め上に向かって空を駆け上がる昇竜ということになる。
 だが、そうなると一つ問題がある。すぐ南が海なのだ。つまりこの竜には、胴体がないのである。

 腕を組んでふうむと唸る。そうしてふと、思考の奥底に一筋の光明を見出だす。
 そもそもの話として“竜の目の湖”の名の由来は昔からそこを住み処にしているシードラモンではないだろうか。そう、空を飛ぶ昇竜ではなく、水に棲む海竜だ。
 ならば海面に向かって浮上している様と――いや、海面から顔だけ覗かせている様だと考えればすべての辻妻がぴたりと合うではないか。

 ぴこーん、と。頭の上に電球が輝いて見えた気がした。そしてぱりーん、と。一瞬で砕けて散る。
 己の浅はかさにわなわなと震える。
 髭が目から生えている理由の説明にはなっていない。何の説明にもなっていないではないかと今気付く。何の辻妻も合っていないのだ。

 嗚呼、誰か。誰か教えてくれ。何故この川の名は“竜の髭”なんだ。何をもって“竜の髭”なんだ。
 天を仰いで誰にともなく問えば、ぽんと、不意に肩を叩かれる。振り向けばそこには川を掘った張本人、いや張本猿が佇んでいた。
 猿はサングラス越しに私をしかと見据え、そうして迷いなく言い放ってみせるのだ。

「決まっているだろう、フィーリングだ」

 そんな言葉に目から、いや液晶から鱗が零れ落ちる。命名の説明にはなっていない。いないが、説明が不要であることへの説明にはなっていた。そうだ、理由など要らないのだ。考えずとも感じればいい。
 道理の果てに二人の漢は固い握手を交わす。そこには確かな絆があった。

 ゼブブナイツの諜報員としてデジタルワールド各地に派遣されていたモニタモンズの一人、“への一番”は自らの顔のモニタに本日の調査結果を報告し、水平線に沈む夕日に向かってうむと頷くのであった。

『ファイル島は、今日も今日とて平和です――』


-終-



SS第26弾は【竜の髭】です。
ずっこけ忍者軍団の第2弾です。
 
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