□2015年 夏期
6ページ/11ページ




【なんでやねん】


「なんでやねん」

 あたしの名前はハル。14歳の中学2年生だ。そんなあたしはただいまおじさんから、絶賛お説教中である。

「どないなっとんねん、ほんま。おっちゃんびっくりやで?」
「いや、あの……ええと、ごめんなさい?」
「いやそこ疑問形やのうてな? 疑問形て!」

 びしい、とシャドウで突っ込んで、おじさんはじょりじょりとお髭を弄る。その頬には真っ赤な手形が浮かんで見えた。お怒りはごもっともであろう。なにせあたしはこのおじさんを出合い頭に殴り飛ばしてしまったのだからして。

 だがあたしにだって言い分はある。理由がある。簡単に言うなら、第一にここはあたしの部屋であり、第二にこのおじさんは全然知らないおじさんだということだ。なんか犯罪臭がすごいな。それはともかくとして補足しておくと、正直おじさんかどうかもよくわからないのである。よくわからないっていうかまず人間ですらないのだ。
 ならなぜ“おじさん”なのかというなら、顔だけ見たらとりあえずおじさんなのだ。ならば身体はどうなんだって話だが、そこに関してはそもそも無いのである。おじさんの顔からおじさんの手足が生えているのである。紛う方なき化生の類である。不審者か化け物かというなら両方だ。

 乙女の部屋にそんなものが現れたらそりゃ悲鳴を上げて殴るとも。いや、悲鳴を上げて逃げるほうが大多数かもしれないが、そこはひとまず置いておくとして、ともかくあたしは悪くないと思うわけで。むしろ落ち着いて話をしている今現在が衝撃の出会いから僅か10分ほどのことだという点をまず評価してほしい。あたしのメンタル思ってたより強かった。

「ええと、おっちゃんはその、なんやろ? 妖精的なあれ?」
「いや妖精て」

 都市伝説として聞く“小さいおじさん”――にしてはでかすぎる。バスケットボールくらいはある。というか顔だけ見たら普通に人間大だ。
 だが似たようなものではあるのだろう。あたしの悲鳴を聞いて駆け付けた家族にはどういうわけか見えなかったわけだし。階下のリビングからあたしを病院に連れていくべきかという家族会議の様子がさっきからちょいちょい聞こえているが、そっちは後でなんとかしよう。

「ちゃう、ちゃう。おっちゃんはな、ナニモンや」
「いや、あたしに聞かれても」
「ちゃうがな。ナニモンいう名前や。『おっちゃん何もん?』とか聞かへんがな。マイネーム・イズ・ナニモンや」
「けったいな名前やね」
「オブラート! 包みやほんま」

 なんて言って肩をすくめて口をすぼめる。普通にいらっとした。

「はあ……そんでその、ナニモンさんはなんであたしの部屋におんの?」
「なんでやて? そらおっちゃんにもいろいろあんねや。人生山あり谷ありや」
「いや、山でも谷でもなくてあたしの部屋やん」
「ええがなええがな、細かいことは」

 細かくはない。大事なことなのでもう一度言うが、決して細かくなどはない。

「あのー、なんやろ、ええからとりあえず帰ってくれへん?」
「無関心! 興味持ってやおっちゃんに。こんなおもろい生きもん中々お目にかかれへんで? 誰がおもろい生きもんや!」

 なんか疲れてきた。

「冷たいこと言わんとちょお泊めたってや。な?」
「泊める? え? 帰らへんの!?」
「これもなんかの縁やがな。後生やから。ビンタしといてその上寒空の下に放り出すとか、そんな子ちゃうやろ? な?」
「今7月やけど……」

 だいたいあたしの何を知っているというのかこの物の怪は。というかこんなの泊めるとか冗談じゃない。真冬でも追い出すわ!

「いや、あの、でもな? 年頃の乙女の部屋やしな?」
「あー! かめへん、かめへん! おっちゃん紳士やからな! ノー・プログラムや!」
「それ言うならプロブレムや……」

 無計画という意味なら決して間違ってはいないが。
 唐突に下手な関西人よりノリのいい関東人の親戚を思い出す。
 あかん、あたしの手に負えへん。頭痛なってきた。ハナちゃん助けて……!

 紆余曲折の末にあたしがおじさんを窓から投げ捨てるのはそれから5分後のこと。何食わぬ顔でおじさんが戻ってくるのはその1分後。おじさんが本当に帰ってくれるのはそれから、1週間後のことだった。
 嗚呼――

「なんでやねん……!」


-終-



第12弾は【なんでやねん】。
関西弁が伝わるのかどうかだけが心配です。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ