□2015年 夏期
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【高い壁】


 その町には壁があった。街中のどんな建造物よりも高い、雲を衝く程の巨大な壁に方々を囲われていた。

 入口は空にあった。町の中心から壁と同じ高さまで昇った場所。上層世界の砂漠に点在する蟻地獄に飲まれ、流され、行き着く先がこの町の上空にぽっかりと開いたその穴だった。とは言え、絶えず流れ落ちる砂に隠れて穴自体は見えもしないのだが。
 穴は入口。だが出口ではなかった。
 その町には、出口がなかった。

 壁には扉があった。町のもっとも古い住人ですら開いたところを見たことがない、誰も開き方を知らない扉だった。
 それは壁に彫られたただのレリーフだと誰かが言った。根拠はないが、誰も否定はしなかった。
 その町には、出口などなかったのだ。

 壁の向こうに何があるのか、知るものは勿論いなかった。穴から落ちてくる時にならば何か見えたかもしれないが、そんな余裕のあるものはいなかった。
 多種多様な形態を持つこの世界の生物たちの中には当然、翼を持つものもいる。が、どういうわけかこの町にはいなかった。空を飛べるものが蟻地獄になどそうそう落ちはしないだろうが、それにしても不自然な程にいなかった。

 空の虚から町の中央広場へと伸びる砂の柱を見上げ、もっとも新しいその住人は息を吐く。溜息ではなかった。
 試行錯誤をした。扉の開き方を探った。壁の破壊を試みた。壁をよじ登った。枚挙に暇がない程にあらゆる手を尽くした。尽くして、壁の麓で息を吐いた。意図などない、ただの呼吸だ。生きる上で不可欠なただの生態だ。先人たちと、同じ結論に辿り着いたのだ。
 待とう、と。

 もはや手はない。だから待つより他にない。いつかあの穴から空を飛べるものがやって来るかもしれない。いつか空を飛べる種に進化するものが現れるかもしれない。いつか誰かが何とかしてくれるかもしれない。そう考えた。
 町には田畑や森があった。井戸もあった。生きていく上で必要なものは一通り揃っていた。揃えられていたのか、揃えたのかはわからないけれど、とにかく生きていくことはできた。だから、待つことにした。
 ある意味で希望を捨てなかった。しがみ付いて、縋り付いて、捨てることができなかった。
 穴の向こうには希望がある。壁の外には希望がある。壁の内側には希望が溢れていた。
 要は、とうにすべてが狂っていた。

 町には秘宝が眠っていた。希望そのものが眠っていた。希望そのものであるものだけが手にできた。だから、誰にも手にはできなかった。
 町は恐らく秘宝のためにあった。大いなる力を悪しきものたちから護るためにと、始まりはそんなところだろう。始まり、は。
 町はもはや監獄でしかなかった。いや、それも適当ではない。捕らえられるべき罪を犯したものなどどこにもいやしないのだから。単に、腫瘍に蛆が涌いただけのこと。
 つまり、何もかもが壊れていた。

 余談ではあるが――ある“選ばれし子供”とそのパートナーの手により、やがてこの秘宝は永き封印より解き放たれることとなる。秘宝は世界の命運を賭けた戦いにおいて小さな英雄たちの大いなる助けとなる。ただ、町からの脱出を果たしたのは彼らが最初で最後だったことも、秘宝という存在意義を失ってなお町が存在し続けたことも、英雄たちには知る由もないことだった。
 そして“世界の均衡を保つもの”の手により、この腫瘍が取り除かれるのはそれからしばらく後のこと。残された蛆の末路などは無論、世界を救う偉大なる英雄たちには知る必要もないことだった。

 そう、それはただの――余談でしかなかった。


-終-



SS第9弾は【高い壁】。
たまにはシリアスも書いてみようかと思いました。後味が悪いのは仕様でございます。
 
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