□2015年 春期
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【雨】


 昨日は晴れだった。一昨日も、先一昨日も、この一週間はずっと晴れだった。乾いた空を見上げ、渇いた荒野を歩み出す。

「雨を降らせてほしい」

 そんな無茶を頼まれたのは一週間前、この村にやって来たその日のことだった。

 私の名はウィザーモン。読んで字の如く魔術師である。見識を広めるための修行の旅の途中、ふと通り掛かったこの村へと立ち寄り、村長から折り入って頼みたいことがあると相談を持ち掛けられたのだ。
 聞けばかれこれ半年は雨が降っていないそうだ。長く続いた日照りに作物も枯れ、村は深刻な食糧不足に悩まされていた。
 そんな中、半ば行き倒れる形で村へと辿り着いた私に、彼らは貴重な食糧を惜しみなく分け与えてくれたのだ。その恩にはどうにか報いたい。何より、私はそんなデジモンたちの役に立ちたいと魔術師を志したのだ。今やらねばいつやるというのか。

 雨――それは上昇気流によって巻き上げられた空気中の水蒸気が上空で凝結し、水滴となって地上に降り注ぐ自然現象である。理屈がわかれば水や風、加えて火の魔術を組み合わせることで擬似的に再現は可能だろう。
 だが、それはあくまでも一時的な極小規模の降雨でしかない。
 この渇いた大地を蘇らせるほどの継続的かつ大規模な降雨は私の魔術だけでは到底不可能だ。

 であればどうするか。
 問題の根幹は雨が降らないということではない。水が足りないということだ。雨でなくとも水があればいい。
 ならば川はどうだろうか。土の魔術で溝を掘り、流れを変え、付近の河川を村に向かって分岐させることは可能だろう。問題は私の力でそれができる程の距離に川が見当たらないということだけだが。
 では井戸ならどうだ。地下水脈を探し、魔術によって穴を掘る。水脈をどう探すかは、ちょっと思い付かないが。
 魔術によって水そのものをもたらす術も存在しないわけではない。大地の組成物を構成データから書き換える超高等錬成術。あるいは水の豊富な遠隔地へと通じるゲートを開く超高等空間魔術。天候操作のほうが余程容易だろう。
 やはり原点に立ち返って気候そのものを変えるべきか。デジタルワールドに点在する多種多様な小世界はコードクラウンと呼ばれる心臓部を持ち、これによって地質や気候を制御されている。この小世界のいずこかに幾重ものセキュリティシステムによって護り隠されているであろうコードクラウンを探し出し、その超高度なプロテクトをどうにか突破し、気候に関わるプログラムだけを的確に書き換えることができれば雨も降る。もはや夢物語だ。

 ああでもない、こうでもないと、試行錯誤の日々だった。周辺の地理、気候、歴史を調べ、どうにか力になれないかと思案を重ねた。
 結論から言うならば最後まで力にはなれなかったのだが、村人たちからは感謝と慰めの言葉をかけてもらえた。頑張り過ぎてまた行き倒れたからだろう。

 結局何もできないまま村を去ることにはなってしまったが、持てる力の限りを尽くし、持てる知識のすべてを総動員したのだ。
 たとえば、勇者を志せど魔王がいなければ始まらない。いても自分の知り得ぬ辺境の地であるかもしれないし、知った時には別の勇者が討伐してしまっているかもしれない。
 そう、誰かの役に立ちたいと思えども悩みは千差万別。自分の能力をぴたりと活かせるおあつらえむきの機会など、そうそう巡ってはこないのだ。

 すまない村人たちよ。そして美味しいご飯をありがとう。私は生涯、決して君たちの優しさを忘れることはないだろう。
 いつかどうにかなることを、私はただ祈る――


-終-



ショートショート最初のお題は【雨】です。
降ってないって? そう、降ってないのさ!
人生初のショートショートなので何卒広い心とあったかい目で見守ってやってくださいませ。
 
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