-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その二 魔神復活編
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シーンT:魔神の復活(1/5)

 荒涼たる大地に刻まれた溝はまるで、大河の如き大蛇が這ったよう。それは熊と熊との精神攻撃の名を借りた大規模物理攻撃による破壊痕。力比べに押し負け吹き飛んだであろう、ワルもんざえモンの所在を示す道標でもあった。
 痕跡を辿れば次第に細く浅く、矢印にも似たそれが指し示したのは、岩盤に開いた大きな穴だった。元より内部が空洞になっていたのだろう。先の衝撃で外壁が崩れ、穿たれ、露になったのは地下に広がる洞窟のような場所だった。

 熊に抱えられて穴の奥へと、広々とした洞窟の中へと飛び降りる。あたしたちが入った穴の他にも所々が崩落し、天井には幾つもの隙間が見えた。そこから細く差し込む外の明かりだけが光源の薄暗い地下空間は、見える限りでもちょっとした野球場ほどの広さはあるだろうか。
 身構えながら目を凝らして辺りを窺えば、しかして標的は拍子抜けするほどにあっさりと姿を見せる。いや、その表現は適当ではない。ワルもんざえモンはただじっと、薄闇の中であたしたちに背を向けて佇んでいたのだ。ごつごつとした岩壁を見上げて。

「逃げも隠れもしません、ってか? 随分と余裕じゃねーか」

 拳を握って言うもんざえモンに、ワルもんざえモンはゆっくりと振り返る。指はないがあれはきっとグーだろう。

「それとも、もはや煮るなり焼くなり好きにしろ、とでも?」

 不気味な静けさゆえにか、ツワーモンが挑発するように言うも、しかしワルもんざえモンは薄く笑みを浮かべてあたしたちを見据えるばかり。その口角が僅かに上がったのは、少しの沈黙を置いてから。それまで手を出せないでいた理由は当のあたしたちにも分からない。ただ何かが、胸の奥で警鐘を鳴らすのだ。

「黒い歯車が見えぬな……ニセアグモン博士までもが敗れたか」
「ああ、後はお前だけだぜ」
「ふむ……命はあるのか?」
「え? ああ、いやまあ、生きちゃいるけど」
「そうか、それはよいことだ」
「ん?」

 ばさりとマントを翻し、ワルもんざえモンは野獣の雄叫びが如く声を張り上げる。牙を剥き、両の眼にいまだ消えぬ炎を燃やし。本当の戦いは、本当の恐怖はこれからだと言わんばかり。膨れ上がる圧力が飛び散る無数の針のように肌を刺す。

「どうやらお前たちも無事のようだな!? お元気そうでなによりだ!」

 悪意と害意の限りをもって吐き出すような、呪詛にすら似たそれ。浴びせられたあたしたちは表情を強張らせ、抗戦の構えを取る。そして――そして少しを置いて顔を見合わせる。うん。ああ。いや。

「何言ってんの?」
「いや待て、今のは無しだ。ちょっと待て」

 たんまとばかりに片手を突き出し、もう片方の手で頭を抱えながらワルもんざえモンは言う。もう一度、ちらりとうちの熊さんたちに目をやれば、すべてを理解したかのように真剣な面持ちで力強く頷いてみせた。

「どうやら少し優しい気持ちになっているようだな」
「効いたのそれ!?」

 警鐘は、やはり何かの間違いだったかもしれない。ごつんごつんと自分で自分の頭を叩いてワルもんざえモンは首を振る。ぅおほん、と咳払いをするもしかし、既に弛緩してしまった空気を引き締め直すにはあまりに些細な抵抗だった。

「貴様には、礼を言わねばなるまい」
「あん?」

 そんな空気でも構わず続ける辺りはさすがの一言だが、それはともかくとしてワルもんざえモンは横目にちらりと背後を一瞥し、静かに息を吐く。言わんとしていることを理解できずに訝しむあたしたちへと向けるその目には、嘲りと狂喜の色が浮かんで見えた。
 ワルもんざえモンは暗い天井を見上げてそっと瞑目する。その足元へと落ちる外から差し込む光の筋が、なぜだかどこか神々しいものに思えた。

「ドッグモン、ターゲットモン、ポキュパモン、ニセアグモン博士……よくやってくれた」

 誰にともなく呟く言葉はどこまでも落ち着いて、追い詰められたもののそれでは決してない。
 そうこうしている内、次第に暗闇に目が慣れてくる。ワルもんざえモンの背後にあるものが闇の中より浮かび上がる。否、それはずっと、この戦いが始まる以前よりそこにあったのだ。

「我らが悲願はここに成就する……!」

 言葉の真意を理解したのは、ワルもんざえモンが拳を振り上げるその間際のことだった。止めるには、あまりにも遅すぎたのだ。
 岩壁に叩き付けるワルもんざえモンの拳が嫌にゆっくりと見えた。実際には秒の間にも満たぬ一瞬が酷く間延びして感じられた。ワルもんざえモンの口ぶりからしてまったくの偶然だったのか。事ここに至って、ここへと到ったのは。
 
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