-花と緑の-

□第一話 『花と緑の』
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シーンV:勇者の選択(1/3)

 
 ずずずずずずずずずぅ〜っと。お椀一杯の味噌スープを一口に飲み干す。けぷっとおくびを一つ。あらご免あそばせ。ふう、と穏やかな笑顔で椀を置く。ヤケ食いとかそいういうあれでは決してない。そう、あたしは至って極めて間違いなく冷静だ。
 なんてことはない。考え方の問題だ。帰れない? ははは何を仰るお嬢さん。帰り道はそこにある。ちょおっと遠いかしらってそれだけよ。
 何より見なさいこの状況。目ん玉ごりゅんとかっぽじって、さあ!

 あたし! イン! ワンダラぁーーンドぅ! なう!

 広がる密林。蠢く謎の生物。迷い込んだ可憐なる美少女。うん。ごめん、美は言い過ぎた。
 しかしこれぞ正に待ち望んで待ち焦がれたファンタジー。夢にまで見た異世界に、あたしは遂にやって来たのだ。そう、そうだとも!

「やって来たのよ!!」
「ぶぅえっ!? え、何!?」

 叫ぶあたしにびくんと震えるヌメとバロモンさん。ヌメがぶばふっと味噌スープを噴いてバロモンさんがわったわったと思わず碗を宙に放り出す。あ、ごめんね。つい声に出ちゃった。てへぺろ。

「そう、そうなのよ」
「え? いや、だから何が……」
「決めた!」
「へ?」

 すっくと立ち上がる。窓越しに灰銀の星が浮かぶ空を見上げ、ぐぐっと拳を握り締める。

「あたし、旅に出る!」
「え……えええぇ!?」
「救世主やります!!」
「きゅ、救世主ぅ!?」

 それ以上飛び出しようのない目がもっと飛び出さんばかりに驚愕するヌメ。何故か沈痛な面持ちで頭を抱えるバロモンさん。あたしは、爽やかな笑顔で迷いなくうんと頷く。心は妙に晴れやかで体は軽い。まるで背中に羽でも生えたよう。うふふふふ。今ならきっと空も飛べるさOn My Love!
 けれどそんなあたしに、バロモンさんはまるで腫れ物にでも触るようにそっと肩に手を置いて、化け物面に精一杯の優しい笑顔を浮かべる。

「ハナさん。いいですかな。人生というものは確かに平坦な道のりではないかもしれません」
「うふふふふふ……え? はい?」
「しかし、しかしですな。その、何と言いましょうか、希望だけはいついかなる時も手放してはいかんのです!」
「はあ、えぇと……何の話です?」
「諦めては、いかんのです!」

 ぐわっしとあたしの肩を掴み、何故だかその目に涙を浮かべる。リアル鬼の目にも涙である。てゆーか意味わかんないんですけど。

「冷静に……そう、先ずは落ち着くのです!」
「いや、落ち着いてますけど」

 何を言ってらっしゃるのかこのなまはげさんは。あたしは冷静だ。素数を数えてBe Cool! So Cool! Yeah!
 あたしはバロモンさんの手をぽんと叩いて、自分で言うのも何だが菩薩の如き顔で静かに言葉を接ぐ。

「聞いて、バロモンさん」
 
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