5周年更新予告作品試し読み

□D不定期中期連載小説
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 一仕事を終えた夕刻は、レトロなカフェでコーヒーブレイクと洒落込もうか。
 本当はシックなバーで一杯といきたいところだが、生憎と祝杯には早過ぎる。夜こそ奴らの領分。闇に潜む、悪党どものな。俺の仕事はまだまだこれからってわけだ。
 なにより、それには厄介な障害が付き纏う。国家という、あまりにも大きな障害がな。

 平たく言うなら俺は未成年ってわけさ。

 そう、表向きの俺は何の変哲もないただの高校生だ。
 ただしそいつは昼日中の話。悪辣どもが闊歩する夜は別だ。

 自ら厄介事に首を突っ込んでいく俺の姿は、世の日向を生きる人々の目にはさぞクレイジーに映ることだろう。
 誰が呼んだか“渦中(ボルテクス)”が、いつしか俺の通り名となった。

 さあ、今宵も街を騒がす不可解な事件の元へ――デジモンたちが巻き起こす騒動の渦中へと、足を踏み入れるとしようか。




紫電のハートのボルテクス
-VOLTEX the Lightning Hearted-


file.1
『その男、探偵につき』





 人気のない路地裏で灰色の摩天楼がひしめく狭い空を見上げ、小さく溜息を吐く。
 ネクタイを緩め、カラーシャツの胸元を少しだけ指で開く。黒のジャケットを肩に掛け、夕暮れの街を見据える。

「おい達真、さっきからにゃに一人でぶつぶつ言ってるにゃん?」

 そう、不意に語り掛けるのは一匹の猫だった。
 摩訶不思議な喋る猫は「にゃあ」と鳴き、雨樋からこちらへ向かってひょいと軽やかに跳ぶ。
 俺は再び溜息を一つ。頭の上、妙に収まりよく中折れ帽にちょこんと座る猫にひらひらと手を振る。

「おい、降りろ。こんなもん乗せてちゃ俺のハードボイルドが台なしだ」
「にゃはは。心配しにゃくても最初からずっと台にゃしにゃ。己を省みろにゃん」
「馬鹿を言え。俺は最初からずっと格好いい。お前のカメラは節穴か」
「節穴はお前の感性にゃ。あとカメラってにゃにかにゃ。ミー子ちゃん、よくわかんにゃ〜い」

 などと惚ける声を余所に、欠伸をする猫の首根っこをつかみ、首輪に付いた丸いレンズを睨みつける。
 こいつの名前はミー子。自称、齢三百の化け猫だ。首輪にはなぜかカメラやスピーカーと思しきものが付いているが、本人はそう言い張っている。

「で、なんか用か? 一息つこうと思ってたとこなんだが」
「またいつもの喫茶店にゃ?」
「そーだ。だから猫なんて……」
「どうせ向かいの花屋の子が目当てにゃん」

 肩をすくめて猫を下ろし、踵を返せば背中からそんな言葉が飛んでくる。ゆっくりと振り向いて、目の前ではないどこかを見ながら至極冷静に問い返す。

「……なんの話だ?」

 にやり、と。そんなはずもないのに猫が笑いやがってくださった気がした。

「おっぱいおっきかったにゃ。このおっぱい星人め」
「なっ……! 違う! 待て! 俺は決して胸だけで……!」

 そこまで言って、はたと気付く。嵌められたと。あるいは勝手に嵌まっただけかもしれないが。

「語るに落ちたにゃ」
「うるさい黙れ……」

 顔が隠れるほどに手で帽子を押さえ付け、それだけ言って早足でその場を立ち去る。その背中に、猫は独り言のように言う。今思い出しましたと言わんばかりの、とてもわざとらしい声色だった。

「ああ、そうそう。そいや(えんじゅ)が来てるにゃ。またデジモンみたいにゃ」

 なんてしれっと、言われて思わず口を二度三度ぱくぱくさせる。文句を言いたい気持ちとそんな場合じゃないという冷静さのせめぎ合いに、ぎりりと歯を軋ませる。とりあえず、一言だけ言って駆け出すことにした。

「それを先に言え!」

 見上げる摩天楼の先、大多数の人間には気付けもしない、ノイズ混じりの叫び声が遠く聞こえた。
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