5周年更新予告作品試し読み

□C不定期長期連載小説
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 砂塵舞う荒野に数台の荷馬車が列を成して進む。幌と呼ばれる布製の幕で覆った荷台には、食料や衣料、資材、弾薬まで多岐にわたる荷を積み、恐らくはキャラバンであろう。先頭馬車の手綱を引く御者は警戒するように辺りを窺っていた。
 ふと空を見上げれば日は――正確には太陽ではないが――天頂を少し越えたくらいか。まだ昼過ぎ。このペースなら日没までには町に着くだろうと、御者は息を吐く。後方の馬車を一瞥すると再び周囲を見回しながら鞭を打ち、そうして、はたと、巡らせた視線を僅かに戻す。

 目に留まるのは地面に落ちた馬車の影。と、並走する小さな影だった。真っ平らな荒野のど真ん中、辺りには仲間の馬車以外何もない。だというに、馬車とは明らかに違う影が馬車の傍にぴたりと付いて離れない。

 目を見開いて御者が空を仰ぐ。灰銀の太陽・リアルワールド球を背に負って、上空からキャラバンを追う巨大な赤い甲虫――クワガーモンの姿を捉え、御者は声を上げた。
 どおん、と大地を震わせ甲虫の背から飛び降りた何者かが馬車の行く手を遮るように立ち塞がる。馬車を引くモノクロモンがたたらを踏んで、車輪が横這いに滑る。砂煙を上げて馬車は急停止する。

 奪え。
 何者だと、問われるも待たずに闖入者は、黒の人狼・ワーガルルモンはにたりと笑い、ただそれだけを言い放つ。と同時、雷鳴のような怒号が空から降って、馬車の周囲に一つ、また一つと影が差す。姿も形も見えない上空からキャラバンを付け狙っていた甲虫の群と、その背で得物を構える獣人たち。ここいらには盗賊が出ると、町で聞いた話を思い出すまでもなく正体も目的も明らかだった。
 下卑た笑い声を上げながら甲虫の背から飛び降り、盗賊たちは馬車を取り囲む。大きな荷を見てまた笑い、粗末な刀剣や己が爪を振りかざす。大荷物を抱えてこんなところへのこのこやってきた馬鹿な獲物が可笑しくて仕方ない、とばかり。怒声が低く低く轟いて、そうして――乾いた銃声が、荒野の空を貫いた。

 最後尾の馬車へ今まさに襲い掛からんとしていた野盗・ダークリザモンは、自らの胸へぐるりと回した目を落とす。ここに空いた見知らぬ虚は一体なんだと、疑問を抱けるのはその一撃が余りにも鋭く、速過ぎたが故。一瞬の間を置いて電脳核がようやくそれを、死に至る一撃を認識し、ダークリザモンの身体は黒い粒子となって霧散する。思考が追い付くことは、ついぞなかったろう。

「やれやれ……」

 溜息とともに零れた声は喧騒の間を抜けるようによく通り、酒に焼けた野盗のダミ声とは余りに対照的で、それでいてその場の誰よりも静かで落ち着いていた。
 気怠げに荷台の幌をそっと捲り、まるで天涯付きベッドのベルベットを開くように優美な所作で、彼女は馬車の中から姿を現した。
 かつん、かつんと。岩肌を叩く甲高い足音はしかし、ヒールのそれではない。両の踵に仕込まれたのは黒鉄の拳銃。紫紺の仮面に黒衣を纏い、両手には更に二丁の拳銃。プラチナブロンドの長髪を荒野の風に靡かせて、場違いな程に流麗な銃士は下賎の野盗を一瞥する。肩を竦めて息を吐き、硝煙けぶる銃を構えもせぬまま言い放つ。

「そら、死にたい奴から前へ出ろ」

 彼女の言葉は、黒き銃士・ベルスターモンの言葉はこの場にあって不自然な程に穏やかで、けれどどこまでも冷たく重く、命の最期を告げる、死神のようにさえ思えた。




【Ballad of Bullet】

#1.BeelStarmon



 
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