□ハッピーバレンタイン'19
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【アユムのバレンタイン】
面倒なことになった。
仙波歩はそんな風に考えていた。
彼の手には二つのチョコレートとスマートフォン。開いていたSNSアプリには、送り主からのメッセージが届いていた。どうやらこれはかつての戦友、葵日向と露崎真理愛からのバレンタインの贈り物だったらしい。
別段、それを迷惑に思っているわけではない。仙波歩という少年は極めてクールでドライな性格だが、友情や仲間意識を欠片も感じないほど心ない人間ではない。
『ありがとう。といっておこうか』
『後のいる?』
というマリーの突っ込みはもっともであった。
『そうだな、確かに適切ではなかった。訂正しよう、「ありがとう」』
『回りくどっ』
『あはは、相変わらずね』
アプリ上でニワトリのアバターとネコのアバターが言う。ニワトリがマリー、ネコがヒナタだ。
アユムは自分の、ロバのアバターに溜息のモーションを取らせ、
『君たちこそ』
と返す。横でイヌのアバターが同意とばかりに頷きのモーションを取る。灯士郎のやつも中々操作に慣れてきたものだなと、アユムはどうでもいいことに感心する。
『そんなんじゃモテないぞー』
『結構だ。これ以上モテる必要はないと考えている』
『うっはー、いいおったー。ちょっとみんなー、どう思うー? 審議、審議ー』
なんてはしゃぐマリーに、アユムはリアルで溜息を一つ。
『まさかとは思うが、どうせ誰からも貰えんだろうという憐れみではなかろうな』
と返せばマリーのニワトリと、あろうことかヒナタのネコまでもが頭に黄色い波模様を浮かべ、「ぎくっ」というモーションをしてみせる。
『おい』
『ふふ、冗談よ』
『そーそ、そこそこの「友情チョコ」だよ』
『そこそこか。まあ、ありがたくいただいておくよ』
なんていうやり取りをして、アユムはアプリを閉じる。
二人の気遣いは素直に嬉しく思っていた。思ってはいたが、しかしながらそれはそれとして、やはり面倒なことにはなっていたのである。
旧知の、しかし関係を中々説明しづらい友人からバレンタインにチョコレートが届いた。病院で知り合った、と定型文で済む話なのかもしれないが、済まないことかもしれないのだ。
さて、と、アユムは珍しく少しだけ緊張した様子で顔を上げる。気付いてはいたが、気付かないふりをしていたのだ。
そう、問題は、先程から自分の目の前でチョコレートらしき包みを抱えたまま固まっている彼女のこと。場所は玄関、宅配便のすぐ後にやって来たのだ。彼女が誰というならまあ、彼女なのだが。そこはどうでもいい。
アユムは意を決したように口を開く。彼女が何か言う前に言わねばならないと、そう思ったのだ。
「カナ、部屋に上がって少し話をしようか」
「……ええ、そうですね。たっぷりしましょう、アユムさん」
友人からの贈り物は嬉しい。嬉しいが、友人宛てなら別に今日でなくともよかったのではないかと、思わずにはいられなかった。
彼の少し長めのバレンタインは、今これから始まるのであった。
-終-