□ハッピーバレンタイン'19
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【マリーのバレンタイン】

「チョコほしい人ー!」

 教室に入るなり元気いっぱい叫ぶマリーに、男子たちは顔を見合わせざわめいた。

「ほしい、くれ」

 皆が牽制し合うように二の足を踏む中、真っ先にそう答えたのはマリーの小学校からの同級生だった。
 よく言った。そう讃えたい衝動を抑えながら、他の男子たちが「じゃあ俺も」と続く。
 ほしいのはチョコレートか、あるいは女子から貰ったというその事実か。例え一口大の小さなチョコレートであれ、男女問わずにばらまきまくっているとはいえ、バレンタインデーに女子から手渡しされたチョコレートであることに違いはない。

「はい、二人もどうぞ! チョコ嫌い?」
「え、あ、いや、嫌いじゃないけど」
「えと、その、ありがとう……」

 教室の隅で所在なげにしていた控え目な眼鏡男子二人にもそう言って手渡し、マリーは指差し確認をして満足げに頷く。

「よーし、クラスはコンプ。次は……」
「いやいや、何の指名背負ってんの?」

 なんて突っ込むのはクラスの女友達。結局男女含めてクラスメート全員に配り、なおも続ける気満々では当然の疑問だろう。

「ふふん、これはね、せんこーとーしなのだよ」
「先行投資?」
「そう、バレンタインに小さなチョコをばらまき、ホワイトデーにその3倍のお返しを手にするという……!」

 なん、だと……!? という顔を近くで聞いていた男子が浮かべる。彼のチョコは既に腹の中である。
 そんな反応を見てマリーは思わず笑う。

「嘘だよー、だーいじょーぶだってー」

 背中をバシバシ叩いて言えば、他の男子たちも安堵の表情を浮かべる。実のところ心配の理由の大半は「あのマリーがそんなことを?」というところにあったのだが、勿論本人は気付いていない。

「日頃の感謝的な? いーから気にせず食べなってー」

 クラスメートの人数分、部活の皆の分、先生の分と、意外にきっちり数えて用意していたチョコは、本人の言うとおり深い意味も意図もない「ありがとうチョコ」である。
 深い意味と意図のチョコがほしかったものからすればやや不本意だったかもしれないが、これがマリー、露崎真理愛のバレンタインデーである。
 そんな彼女のバレンタインががらりと様変わりするのは、まだ少しばかり先の話であった――


‐終‐
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