□第十四夜 翠星のアジュール
2ページ/19ページ

14-1 日向の物語(1/2)

 
 薄墨色の炎が音もなく舞う。この手の中で踊り、躍り、拍子を刻む。思い思いに遊ぶ音色が一つの旋律を為すように歩調を揃え、ここに集う。
 私が手にしていたのは携帯電話、だったもの。炎の中、マリーの持つそれと同じ形へ変わり、鳴動する。空っぽの白い端末はやがて宵闇の色に染まり、途端、“まだ違う”とばかりに激しく震え、再びその形を変える。

「デジヴァイス……!?」

 その名を誰かが呼んだ。テイマーの証と、いつかインプモンが言ったその名を。
 氷柱が堕天使に砕かれたあの時から、それはここに在ったのだ。弱々しき欠片はただそっと根を張り、生き存えた。いつか誰かが――いいや、私が、気付く時を待って。
 疾うにピースは揃っていた。後はただ、時を待つだけ。解けないパズルを解き明かす、その時を。
 そしてそれも今終わる。時は、来た。

「貴様は……!」

 ベリアルヴァンデモンの顔から初めて笑みが消える。ここにいるはずのない、その姿を目にして。驚愕――けれどそれも束の間、悪夢の魔王は再び醜悪な微笑を浮かべ、声を漏らす。

「これは……これは驚いた! ヒナタ――そう、確かそんな名だったな。想像だにしなかったよ! よもや君が隠し持っていようなどとはなあ!?」

 悪夢の魔王が嘲るように顔を歪めて、その目がついと滑る。自らの放った破滅の火をものともせず、悠然と佇む眼前のそれを舐めるように見据えて、また笑う。

「か弱き人間の庇護下にあるなど誰が思い至ろうか! 闇の覇者ともあろうものが!」

 ぺろりと、舌なめずりをして、悪夢そのもののような狂喜の顔で大仰に首を傾げる。

「なあ……蝿の王よ!?」

 黄土色に濁る双眸をこれ以上ないほどに見開いて、持ち得る邪悪のすべてを込めて、呪詛のように彼の名を呼ぶ。
 七大罪は“暴食”を司りし蝿の王。いつか氷柱の中に見たその姿。この戦いの、引き金となった存在。
 二柱の魔王はここに相対し、交わす眼光が火花を散らす――かと、思いきや。

「怪我はねえか、ヒナタ?」

 ベリアルヴァンデモンからふいと視線を逸らし、いつもの調子でそう声を掛けてくる。そんな様子に私は思わず微笑んで、

「ええ、大丈夫。私よりインプモンこそ」
「おいおい、インプモンはねえだろ。俺の名は――」

 ただ、私だけを見詰めて、魔王は高らかに名乗りを上げる。

「“ベルゼブモン”」
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ