□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-1 傀儡の英雄(1/5)
拍子を刻むように二度、鏡の盾を蹴る。ラーナモンは盾を足掛かりに後方へ反転しながら跳躍し、メルキューレモンから距離を取る。同時、指先で宙に小さく円を描いて、その指をメルキューレモンへ向ける。さながらタクトを振るうが如く。応えるのは、黒き粒子たち。ち、と微かな舌打ちが漏れる。
黒の粒子は集い、極小の黒雲となってメルキューレモンに迫る。メルキューレモンは鏡の盾を重ね合わせるように構えて、瞬間、その姿が忽然と消える。
ラーナモンは慌てるそぶりも見せず、虚空を見据えて溜息を一つ、一拍を置いて再度跳躍する。直後に現れるメルキューレモンの手はラーナモンの残像を掻くばかり。
「何……!?」
「見え透いてんのよ!」
そしてまた、放たれる黒雲。鏡の瞬間移動は間に合わぬと見たか、横合いへの低いステップをもってこれをかわすメルキューレモンに、ラーナモンはここが好機と一際高い跳躍。黒雲に視界を遮られ、一瞬と言えどその姿を見失ってしまったメルキューレモンは反応が追い付かない。
天に舞う、とさえ錯覚するほどの、飛翔にも似た跳躍。空に躍るその身を光が包み込む。旋律が再び移調する。
ひゅ、と、息を飲むような音が鏡の顔から漏れる。焦燥、戦慄、強張る体に防御もままならない。
風を切る。光の中から白い触手が伸びて、無防備に近いメルキューレモンを叩き潰す。周囲の氷ごと、その下の地面ごと。血とともに吐くような呻きが漏れて、かと思えば休ませる間もなく薙ぐような追撃が襲う。
メルキューレモンの体はくの字に折れ曲がりながら吹き飛んで、宙を舞う。どさりと、鈍い音が氷原を衝いた。
「あんたの負けよ」
言い放つのはラーナモンが姿を変えた半人半獣の怪人。下半身と一体化した巨大イカの上から、平伏すメルキューレモンを見下ろして。
彼女の言う通り、どう見ても勝負は決した。だと言うに、しかし当のメルキューレモンはよろよろと立ち上がりながらも薄く笑う。
「ふ、ふふ。鏡を見給え。私などより余程悪役に相応しいぞ」
「何を……!」
皮肉屋で、負けず嫌い。満身創痍でなおも減らず口を叩くその様に、今更に仲間の面影が過ぎる。本当に、一体、
「誰なのよ、あんたは……」
振り払ったはずの迷いが決意に陰を落とす。迷うな。戦え。自らに言い聞かせ、拳を握る。
そう、戦いはまだ、始まったばかりなのだから。