□七夕'19
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【I (not) wish】
「あ、いたいた。ねえねえ王様ー」
そう言って手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくるカボチャ頭のデジモン・パンプモンに、インプモンは首を傾げて眉をひそめる。いや、正確に言うなら満面の笑みのパンプモンと、その後をこの世の終わりのような顔をして追いかけてくるゴツモンとのよくわからないセットに、怪訝な顔をする。
「あん? どーかしたか?」
「んとねー、あのね、王様って“うぉーたーすぺーすの図書館”行ったことあるってほんと?」
「図書館?」
ふむと、インプモンが一つ唸ったところで、遅れてようやくゴツモンが追い付いてくる。その顔は石の癖して血の気がさあっと引いていた。
「あのね、ボクそこに行きたいんだけど、行き方知ってたら連れてって……」
「わあああああ!?」
パンプモンの言葉を遮るようにゴツモンは叫びながら、走ってきた勢いのままパンプモンに飛び掛かる。
「何をしているのですか! 何を言っているのですか!? 申し訳ありません、ベルゼブモン様!」
「えー、だって王様が知ってるって……」
「誰に何を頼んでいるのかと言っているのです!?」
なんて騒ぐ二人にインプモンは溜息一つ。
「いや、なんだ一体」
呆れるインプモンにゴツモンはただただ頭を下げるばかり。パンプモンの頭を押さえ、ごつんごつんと石畳に頭突きをかます。
「よく言って聞かせます! 聞かせますのでどうか打ち首だけは! 平に、平にご容赦を!」
「いや、しねえけど」
パンプモンの距離感近い感じは今に始まったことでもなし、そもそもヒナタたちが連れてきたこいつには自分に対する畏怖や忠誠も薄いのだろうと、インプモンはさして気にもしていなかった。
ひょいと屈んでパンプモンの顔を覗き込み、インプモンは問い掛ける。
「図書館なら確かに行ったことはあるな。なんで行きてーんだ?」
「えっとねー、“タナバタ”のこと知りたいの」
「タナバタ?」
話を聞けばそれは、いつかヒナタたちに教えてもらった人間世界の行事なのだとか。是非ともやってみたいが細かいところがよくわからないらしい。
なるほど確かに、であればウォータースペースの図書館はうってつけだろう。なにせあそこには電子化されたリアルワールドの書籍がすべて収められているだから。と、ワイズモンが言っていた。
「七つ目の月の七日目に星にお願いをするんだってー」
「お願い、ねえ。で、それ調べんのを手伝えってか?」
「すみませんすみません、ベルゼブモン様!」
言われてインプモンはふうむと唸る。別に暇ではある、が、ウォータースペースはさすがに遠くて若干面倒でもあった。俺に聞けと言ったのはワイズモンかババアのどっちかだろうが、とりあえず後で文句は言っておこう。
「なんとなーくはわかったんだけどね、細かい飾り付けとか、お祈りの仕方とか、お料理とかわかんなくて」
ふとパンプモンがそんなことを言えば、インプモンの眉がぴくりと震える。
「料理? なんだ、なんか食うのか、そのタナバタってのは」
「う〜ん、わかんない。でもお祭りならなにかあるかなって」
なるほど確かに、と、インプモンは一人納得したように頷き、そしてパンプモンに向き直る。
「よし、いいだろう」
「わー、ほんと? ありがとー、王様ー」
「そん代わりうまい飯だ。死ぬ気で作れよ」
「おっけー。がんばるー」
そう言って交渉成立とばかりに拳を突き合わせる。ゴツモンはずっと土下座で震えていた。
こうして、遥か“水の宇宙”の大図書館を目指す三人の旅は始まるのだった。いつの間にか巻き込まれたゴツモンは、ただただ唖然とするばかりである。
◆
ダークドラモンたちに留守を任せ、インプモンはパンプモンとゴツモンを伴って城を発つ。レイヴモンは護衛に着いていくと言い出したが、別に図書館行くだけなので要らんと断る。
正直言えばインプモンは道なんてさっぱり覚えてもいなかったが、しかし問題はない。彼には頼もしい相棒がいる。一度走った道を事細かに記憶し、インプモンを望むまま、望む場所へと連れていってくれる。そう、ベヒーモスである。
ベヒーモスの車体前部、クリアレッドのカウルの上にインプモンがあぐらをかいて座り、シートにはパンプモンとゴツモンが寄り添って座る。誰もハンドルすら握ってはいないが、これも問題はない。大体ベヒーモスに任せておけば大丈夫である。
「よっしゃ、いくぞてめえら」
「おー」
「お、おー……」
そんなこんなで凸凹トリオの珍道中は始まりを告げる。
図書館へ行くだけのほぼ遠足、とはいえ、多少のトラブルはあった。
平たく言うなら珍しい乗り物に乗ったちびっこ三人をカモと見たらしい、名も無き盗賊Aが襲い掛かってきたらしいのである。らしいというのは要件を言い終わる前にベヒーモスに轢かれてよくわからなかったからだが、まあ、些事である。
その後もなんやかんやで盗賊BからJくらいまで現れるが、轢いたり焼いたりカボチャで潰したりしつつ、特に何でもない穏やかな時は過ぎて行く。
そうして、小世界を二つ三つ、四つ五つにいっぱい渡る、まあまあの大冒険の末、彼らは遂にウォータースペースへ続く海底トンネルの入り口まで辿り着くのであった。
途中のトラブルは大体ワンパンで片付いたので省略する。
「ここ抜けりゃすぐだな」
「そっかー、楽しみだね」
「なぜそんな元気なのです……」
と、ぐったりしているゴツモンのことはさておき、海底トンネルへと飛び込む。
ちなみにトンネルという名前だが角度は垂直である。ベヒーモスは垂直の穴の壁を螺旋を描くように走り降りていく。ゴツモンの絶叫がどこまでも真っ暗なトンネルに響く。
やがて眼下に光が見えてくる。暗闇を抜けるとそこは、海中を走る透明なパイプの中だった。傾斜も次第に緩やかに、トンネル自体が螺旋状になって海底へと向かう。ここが神秘の水の宇宙。マリー辺りなら大騒ぎしていたであろう、それはそれは絶景だった。
「わー、綺麗だねー」
「は、そりゃよかったな」
螺旋のパイプが向かう先、海底には既に目的地であろう建物が見えていた。
リアルワールドの人間であれば、UFOとでも称したろうか。銀色の円盤が幾重にも連なったような、不思議な建造物が海底にそびえ立つ。
こうして三人は、遂に目的の場所、ウォータースペースの大図書館へと辿り着くのであった。
◆
水の宇宙は、明るい星空のようだった。
インプモンは図書館の窓から外を眺め、溜息を吐く。
疲れた、面倒、こんなことさせやがってぶっ殺すぞ、なんて風に見えたか、たまたま通り掛かったゴツモンがおろおろしていたが、別にそういう訳じゃあない。
柄にもないのはわかっているが、ただ、パンプモンの言うとおりだと思ったのだ。
『テジタルワールドは星が綺麗ね』
いつかヒナタの言っていた言葉を、ふと思い出す。人工の明かりが密集するリアルワールドの街は、星明かりがあまり見えないそうだ。
本当に、本当に柄でもないけれど、ヒナタにこの景色を見せてやったら何て言うだろうと、そんなことを思う。
「はあ」
と、わざとらしく声に出す。今度は呆れて出たそれ。何をセンチメンタルに浸ってやがると、自分に呆れ果てる。
「王様ー、だいたい見っかったよー」
どれくらいの時間が経っていたのか、パンプモンが大量の本を抱えて戻ってくる。隣にはゴツモンと、この図書館の司書だというよくわからない生き物。目も口も髪もないのっぺらな人間を真っ白に塗り潰したような、人でもデジモンでもない何か。
パンプモンが礼を言えば、司書は小さく手を振って去っていく。前は通り過ぎただけだったから気にもしなかったが、結局こいつらはなんなのだろう。以前の案内人はデジノームとかなんとか言っていたが……まあいいか。
「で、タナバタはわかったのか?」
「ううん、これから。王様も手伝ってくれる?」
「ぴゃあああぁぁぁ!? 何を言っているのです!?」
「しょーがねえな、寄越せ」
「わーい、ありがとー」
そう言って適当に一冊取ってやれば、ゴツモンが口を開けたまま固まる。まあ、今のは確かにらしくなかったな。
「いいからお前も調べろよ」
「あ、は、はい! 只今!」
馬鹿丁寧に敬礼しててきぱきと調べ出すゴツモンに、思わずくつくつと笑う。こいつも大概変わったやつだな。師匠とは大違いだが。
ぱらぱらと本を捲り、それらしい記述を片っ端から調べあげていく。ひたすら地味な作業が延々続き、持ってきた本に一通り目を通し終わったのは、数時間後のことだった。
「はー、ちょっと疲れたねー」
「ほんとにな」
「お、お疲れ様でございます」
「でもこれでタナバタは完璧だね」
「つーか食いもんの話全然ねーな。なんとか団子だけか?」
「ミタラシ団子だねー。なんで食べるのかはよくわかんなかったけど、たぶん作れそう」
「山ほど作れよ」
「おっけー」
そう言ってぐっと親指を立てるパンプモンに小さく笑い、インプモンはその場に寝転がる。「だりぃ」とだけ呟いてさっき買ってきたケーキを寝ながら頬張る。
図書館にはなぜだか喫茶店が併設されていたので小腹を満たすには事欠かなかった。客こねえだろこの秘境。
「んじゃあ、帰っか?」
「あ、ボク折角だから他のレシピも見てみたいなー」
「わ、私も鍛冶の文献を……あの、いや……」
「おー、じゃあ俺ぁ休んでっから、終わったら声掛けろ」
「やったー、王様ありがとー」
「あ、ありがとうございます」
言うが早いか駆けていく二人を見送り、インプモンは大の字になって目をつぶる。
最初は面倒だったが、たまにはこういうのも悪くない。皆ともっと仲良くしたらどうだと、ヒナタやマリーに言われたことを不意に思い出す。だが、ビクビクしていたゴツモンが自分に頼み事をするようになったのだ。まあ、上出来だろう。
「……はあ、くそ」
ぺしんと自分で自分の頭をはたいて吐き捨てる。
逢いたくても逢えない二人が年に一度だけ逢える日だとか、そんな話を聞いたからだろうか。寂しいのか、というなら、心の底から「別に?」というところだが、ただ、思い出すのだ。ヒナタの声を、姿を、ただ思い出す。
瞼を開けばそこには水の宇宙。リアルワールドの夜空とは繋がるはずもない星の海を眺め、インプモンは自嘲するように、けれどどこか楽しそうに笑う。
◆
七夕の夜の空は、澄んだ星空だった。
テラスでパンプモンのミタラシ団子を頬張りながらぼけっと空を仰ぎ、インプモンはほうと溜息を吐く。
今日の夕食は豪勢だった。ウォータースペースの大図書館で様々なレシピを得たパンプモンはいつになく張り切り、七夕とは特に関係のない数々の料理を作りに作りまくった。全部うまかった。
「願い事、か」
呟いて、団子の皿の横に置かれた札のようなものを見る。タンザク、とか言っていたか。ここに願い事を書いて飾るそうだ。願い事なんて別にいいと言ったのだが、書いてみなよと押し付けられた。
飾るための“ササ”とかいう植物もどこからか似たものを見付けてきたらしい。テラスのど真ん中に中々の存在感でどどんと居座っている。
ダークドラモンたちには「くだらん」の一言で断られたと言っていた。そりゃそうだろう。レイヴモンやマミーモンは付き合ってくれたそうだ。あいつらはなんて書いたのだろう。まあ、だいたい想像はつくな。
「へ」
と笑ってタンザクを夜の空へと放り投げる。
ぴっと、人差し指を掲げ、その指先に小さな炎を灯す。夜の闇に一筋の光が走る。炎の焦げ跡が器用にタンザクへ文字を刻んだ。
足を組んで腕を枕に寝転がり、インプモンは一際大きな溜息を吐く。どこか晴れ晴れとしたような笑顔を浮かべ、残りのミタラシ団子を一口に平らげる。
ぱさりと、タンザクがササの葉の上へ落ちる。「別にねえ」だなんて書かれた、おかしなタンザクが。
それはリアルワールドの暦で7月7日、ある七夕の夜の、出来事だった。
-終-