□5周年リクエスト小説@
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◆V(1/2)

 転がるようにその場から飛び退く。今の今まで自分たちのいた場所に巨大クワガタの鋏が突き立てられ、かと思えば地雷でも爆ぜたように砂浜が弾け飛ぶ。我が身で受ければどうなっていたかなど、考えたくもなかった。
 ぎい、と巨大クワガタが鎌首をもたげ、砂浜で尻餅をついたままそれ以上動けないでいたマリーを見る。声にもならない悲鳴が肺を震わせる。そんな時、

「こっちだ!」

 そう叫んだのは灯士郎だった。辺りに落ちていた木の枝や木の実を巨大クワガタ目掛けて投げ付け、自らへ注意を引き付けるように、マリーから注意を逸らすように挑発する。
 勇敢、とはとても言えない。蛮勇でしかないことは誰の目にも明らかだった。重機のような化け物クワガタにそこらで拾った棒きれで立ち向かうなど、どんな剣の達人だろうができようはずもないのだから。

「っ……!」

 名を呼ぼうとするも声さえ出ない。呼べたところで何をどうしていいかもわからない。
 そんなマリーから巨大クワガタを引き離そうと、灯士郎が再び足元の木の実を投じる。ヤシの実に似た硬い殻の実がクワガタの開いたアギトに勢いよく当たり、殻が僅かに裂ける。中から黄色い汁が飛び散り――かと思えば、途端にクワガタが叫びを上げる。毒でもあったか、単に食えたものでない味だったかは定かでないが、クワガタは頭を振ると、嫌悪感と敵意を剥き出しにして灯士郎へと振り返る。

 狙い通り、と言えばその通りなのだけれど。生存本能が命じるままに灯士郎が踵を返してジャングルの奥へと駆け出したのは、クワガタが灯士郎に飛び掛かるその間際のことだった。

「……立て! 行くぞ!」

 姿の見えなくなる灯士郎に、どうすることもできずうずくまったままのマリーの手を引いて、怒鳴るようにアユムが言う。
 置いては行けない。行けるはずもない。けれど、何ができるわけでもない。
 マリーはアユムに半ば引きずられるようにして立ち上がり、どうにか走り出す。

 
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