□5周年リクエスト小説@
5ページ/21ページ

◆U(3/3)

「ねえ、結局この状況ってなんだと思う? 誘拐とか?」

 どこを押しても何の反応もないデヴァイスを、マリーは詰まらなそうに再びバッグへ仕舞い、もう一度、アユムと灯士郎へ向き直ってそう問い掛ける。わからない、とは言われたばかりだけれど、見るからに賢そうなこの少年のこと。推測くらいは立てているはずだろうと――いうことまで考えての問いではなかったが、とりあえず聞いてみる。
 アユムは顎に手を当て、ふむと唸り、おもむろに灯士郎を見る。

「私と君ならともかく、この男を誘拐するのは骨が折れそうだがな」
「あはは、確かにー。ね、灯士郎ってなんかスポーツやってんの?」
「剣道を少し」
「ああ! っぽいね!」
「確かにな」
「む……そうか?」

 交互に頷く二人に灯士郎は不思議そうに首を傾げる。少し、どころか実家が古くから続く剣道場で祖父が師範、父が師範代、物心ついた頃には竹刀を振り、高校でも剣道部に所属している限りなくサムライな男だなんて、勿論二人は知る由もなかったのだが、聞くまでもなく大体想像した通りであった。

「でもさぁ、誘拐じゃなかったらなんだろね、これ? なんかファンタジー的なあれ?」
「ともすればただの夢かもしれんな」
「えー? ほっぺつねっはらいひゃいよ?」

 などと本当につねりながら言ったマリーに、アユムは少し意地の悪い顔で返す。

「失った手足が痛む幻肢痛というものもある。人の脳はしばしば誤作動を起こすものだ。夢の中で痛みを感じないとも限らんぞ?」
「うへぇ!? そうなの? ええ〜、これ夢?」

 そんな反応は予想通りすぎてある意味予想外。アユムはどこか毒気を抜かれたように肩をすくめて溜息を吐く。

「素直だな。ある意味からかい甲斐がない」
「ええ!? からかってたの?」

 そう、わいわいと騒ぎながら砂浜を進んでいると、不意に灯士郎が立ち止まる。二人の行く手を遮るように片腕を広げ、密林の奥を見据える。
 どうした、とアユムが問い掛けるその間際、二人もまた異変に気付いて顔をしかめた。

 プロペラ音、のようにも聞こえた。鬱蒼と木々の繁るジャングルからは聞こえるはずもない、鋭く重厚な風切り音。だがそれが機械などでないことはすぐにわかった。進路を塞ぐ樹木などお構いなしに薙ぎ倒し、枝葉の雨とともにジャングルから姿を見せたのは――虫だった。
 いや、果たしてそれを“虫”などと言っていいものか。体長はゆうに5メートルはあろうか。甲冑にも似た鉛色の外殻を纏う、巨大なクワガタムシだった。きちきちと不気味な唸りを上げ、目もない顔を三人に向ける。

「なに……これ……」

 引き攣った声で問うマリーに、アユムと灯士郎は返す答えなど勿論持ち合わせてもいない。
 突然のことに身体も思考も硬直する。睨み合いは、あるいはほんの一瞬だったろうか。沈黙を破ったのは巨大クワガタの雄叫びだった。
 ぎしゃあ、と、およそ虫の鳴き声には思えぬ咆哮を上げ、巨大クワガタが顎の鋏をがばりと広げる。

 逃げろと、叫んだのは誰だったか。言われるまでもなく三人は駆け出していた。
 鉛色の凶刃が砂浜へ突き立てられたのは、その直後のことだった。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ