-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その一 四天王決戦編
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シーンX:真実の姿は(3/8)

「あ」

 と声を上げたのは、熊の楽しげな雄叫びを聞いて。オーガたちのアジト以来鳴りを潜めていたそれ。治ったものだと勝手に思っていたのは、そうだといいなという単なる願望に過ぎなかった。
 事情を知らない魔術師が驚いた様子で振り返る。

「ハ、ハナ君! あれは……!?」
「あー、ええと……暴走したみたい」
「暴走!?」

 まさかここに来て再発してくれるとは。舌をべろんべろんと垂らしながら、瞳孔を開いて甲高い笑い声を上げる。その様にもはや理性など見て取れない。
 肩をぐるぐると回して拳を振り回す。かと思えばバレリーナのように跳びはねて、そのまま空中で腕を広げてプロペラのように横回転。そうして今度は頭から急降下してみせる。目まぐるしく変わるその動きはまるで予測不可能。さすがのワルもんざえモンも顔を歪めて苛立ちを隠せない様子。というか、

「あれ? ねえ、なんか……」

 人のことばかり気にしている余裕などちっともないが、半ばルーチンワークのように歯車を叩き壊しながら眉をひそめる。

「いい感じになってない?」

 と問えば魔術師はトループモンを相手取る片手間に熊たちを一瞥し、そうしてあたしを見る。風の魔術で周囲に群がるトループモンを一掃し、一息を吐いてから、また熊たちの戦いへ視線を向ける。気のせいではない。暴走はしているが形勢はむしろよくなっている。あのワルもんざえモンと互角に渡り合えている。

「恐らく、今までは制御可能なレベルまで無意識に力をセーブしていたんだ」
「なら、このままいけば……!」
「いや、タガが外れて完全体の力に振り回されてしまっている。あのままでは身体が持たない!」
「うえぇ!?」

 なんて変な声が思わず漏れる。あれそんなシリアスな奴!? あひゃひゃ言うてるよ!?

「ハナ君、先程の口ぶりからして初めてではないのだろう? 方法があるなら早く止めなければ!」
「と、止めるって言われても」

 確かに止めたといえば止めたのだけれど、それはこんなにも切羽詰まった戦いの真っ只中にではない。今もなお黒い歯車とトループモンの襲撃は続いているのだ。合間にこうして話しをするのも中々にいっぱいいっぱい。てゆーかまあまあ撃ち漏らしてさっきからちょいちょい余所様にもご迷惑をかけている。とてもじゃないが叩き起こしにいく余裕なんてない。
 なんて、辺りまで考えてふと気付く。よくよく考えたらそれ、あたしである必要なくないだろうか、と。
 よっこらしょいと迫る歯車に骨こん棒の一撃を見舞い、魔術師の傍へと駆け寄る。次の歯車へと視線の照準を合わせたままに呼び掛けて、

「ねえ、前はぶっ飛ばしたら正気に戻ったんだけど……」
「ぶ、ぶっ飛ばしたぁ!? 完全体をかい!?」
「いやそこは今いいから。それより、だったらほっとけば殴られて勝手に元に戻るんじゃない?」

 そう言って、熊を見る。見て、見て、そして魔術師が言う。

「いや、そうは見えないが……」
「……そうね」

 見れば割合ぼっこぼっこに殴られている。のに、正気に戻る気配はまるでない。あのワルもんざえモンのパンチ<あたしのジャーマンスープレックスだとでもいうのか。そんな馬鹿な。よく味わって噛み締めろ。絶対そっちのが痛いはずだ。痛いと言え。あひゃあひゃじゃなくて。
 てゆーかそんなことよりさっきから攻撃を受ける頻度が徐々に増えてきているようにも見える。限界が近付いているのか、ワルもんざえモンが今の動きに慣れてきてしまったのか、その両方か。いずれにせよ状況はどんどん悪くなってきているらしい。

「あるいは、戦いの中でこれまで以上に生存本能と闘争本能が呼び覚まされてしまったのかもしれない。さすがにここは一度退くべきだが……!」

 勿論、そんな判断ができるような状態にはまったく見えなかった。何が闘争本能だ。あんたのは逃走本能でしょうが、しっかりなさい!
 なんて、心の内の叫びは届くはずもなく。もんざえモンはなおも無謀な特攻を続ける。そんな時、追い打ちを掛けるように最悪は続けて畳み掛ける。ずずん、と地を揺るがす衝撃。振り返れば男爵の巨体が岩肌に横たわっていた。対峙していたポッキュンは荒い息遣いでそんな男爵を見下ろしている。

「ぐぅ、おのれ……!」

 四方八方から襲い来る敵をたった二人で食い止めることなどそもそもが無理な話。唯一ほぼ互角に思えた男爵とポッキュンの戦いも、あたしたちが潰し損ねた歯車とトループモンの乱入に次第に形勢が傾いてきてしまっていたのだ。始めから時間との戦い。ただリミットを迎えたという、それだけのこと。
 そう、これ以上はもはや延命措置に他ならない。僅かな勝機を逃してしまった今、あたしたちにはもう、打つ手など――
 
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