-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その一 四天王決戦編
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シーンU:猿との決闘(2/10)

 駆けて、駆けて、石造りの通路をひたすらに駆ける。追われて、逃げて、戦って、また逃げる。もはや出口を探すどころではない。追っ手はどんどん増えていく。曲がり角で出くわした何組目かも忘れたガスマスクたちをぶちのめし、息吐く暇もなくまた走る。そうして、ぶえっきしょいべらんめいと豪快にくしゃみをする。あらやだ失礼。

「だ、大丈夫かいハナ君?」
「うん、ありがと。……ねえ、なんか誰かがあたしの突っ込みを求めてる気がする」
「十中八九気のせいだとは思うが……」

 あたしもそう思うのだけれども。誰かに、何かに突っ込まなければいけない気がして仕方がないのだ。きっとあいつだな。馬鹿言ってないで頑張んなさい! とりあえず勘で突っ込んでおく。

「それよりハナ君、このまま出鱈目に逃げ回っても埒が明かない。何か手を打たないと」
「何か、って言われても。てゆーかそれそっちの得意分野じゃないの?」
「すまない。残念だがさっきから何も思い浮かばないんだ!」
「安定のご活躍ね!」
「申し訳なく思う!」

 そう言われたら何にも言えないわ。あたしだってどうしたらいいかさっぱりだもの。辛うじて思い付くのは適当な雑魚を捕まえて出口を聞き出したり人質にとったりだとかくらいだが、コフーと言われても何が何だかわかんないし、あんなゴム風船に人質としての価値があるとも思えない。捕まえるならあのニセ博士だが、その千載一遇の好機ならさっき逃したばっかりだ。
 どうしたものか。ただ無策に走り続けながらちらりと後ろを振り返る。ハグルモンたちはずっと大人しいまま、黙ってあたしたちの後に着いてきていた。この大所帯も脱出を困難にしている一因だろう。ぶっちゃけ目立つもの。この状況でこの子たちを連れて脱出となると、やはり手は限られる。そうなれば――

「ハナ君! 前だ!」
「え? ぅわおぉう!?」

 不意に、思考の最中に割って入る声は魔術師。はっと、視線を戻せば目の前には黒い塊。鼻先まで迫っていたそれが何かはわからない。わからないけれど、ぼさっとすんなと本能が警鐘を鳴らす。反射神経と運だけで間一髪にそれを避ける。前髪の数本をかすめてそのまま後方へと飛んでいくそれは、

「黒い歯車!?」

 に、どうやら間違いはなかった。あたしに次いで軌道上から飛び退いた魔術師の真横と、ハグルモンたちの頭上を通り過ぎ、黒い歯車は狭い通路で器用に旋回する。燭台の灯に照らされた黒が眼光のように煌めいた。また来る!

「我々を狙っている……ニセアグモン博士か! っ!」
「ウィザ……わあ!?」

 飛び来るそれが再びあたしたちを襲う。四つん這いで半ば転げ回りながらまたかわす。成る程、明らかに意志を持ってあたしたちを狙っている。だが、どうやら標的はあたしたち二人だけのよう。横でぼけっと見ているハグルモンたちには目もくれず、あたしと魔術師だけをしつこく追ってくる。製造元には効かないのか、あるいはあたしたちを片付ければその必要もないということか。何にせよ、厄介な状況だ。

「ハナ君、叩き落とせるかい!?」
「よしきたぁ!」

 掌からの電撃で申し訳程度の牽制をしつつ、問う魔術師へ即座に返す。手には既に骨こん棒を構えていた。
 単純な速度なら犬よりずっと遅い。曲線の軌道は多少読み辛いが、鈍足をカバーできる程ではない。端的に言って、イージーなミッションである。

「てい!」

 迫り来る黒い歯車をもう一度だけかわし、すぐさま踵を返す。後ろから追い縋る形で距離を詰め、黒い歯車が再び反転した瞬間、転回のために減速するその瞬間を狙いすまして骨こん棒を繰り出す。捉えることはなんら難しくなどなかった。両手持ちした骨こん棒を歯車の側面へと勢いよく叩き込む。硬く、けど軽い手応え。乾いた音を上げて黒い歯車が真横に吹き飛ぶ。石壁にぶつかり、石畳の床に落ちて数度跳ねる。黒い欠片が辺りに舞った。ぃようし、ミッションコンプリ――

「ハナ君、まだだ!」
「ぅえ?」
 
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