-花と緑の-

□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンT:秘境の果実(3/3)

 
 ふぃーやれやれと息を吐く。少し落ち着いて木の根に腰を下ろす。別に幕は閉じてなかった。

「そうか、人間は毒を消化できないんだな」

 衝撃の事実とばかりにヌヌが言う。できてたまるか。

「いやー、悪かったよ。知らなくて。そういや村でもオイラ以外できなかったな」

 自覚しろ! マイノリティを! イレギュラーを! そんな面白珍生物がスタンダードなわけないだろうがあぁぁ! そして悪いと思うなら毒リンゴしゃりしゃり食うの今すぐ止めろおぉぉ!
 木の根に座り込んで俯いたまま、目だけを見開き唇をぷるぷるさせて声もなく突っ込む。そろりとあたしの顔を覗き込んだヌヌがびくっと震える。

「と、とにかく、まだ元気なら先に進もうぜ。こんなとこで夜を明かしたくはないだろ?」

 そんなヌヌの言葉にゆっくりと顔を上げる。いつの間にか辺りは随分と薄暗くなっていた。直に日が暮れてしまうだろう。確かに、こんなくだらないことに時間を取られている場合ではない。そもそもの原因が「道案内ならオイラに任せろ!」などというこのヌメヌメの根拠なんてなかった自信にあるとしてもだ。刑の執行は、ジャングルを出るまで保留としよう。

「分かった。この一件は一先ず置いておくわ」

 冷静に、そう冷静になるのよハナ。今このふざけた生き物を血祭りに上げたところで何の解決にもならないわ。落ち着いて、そう落ち着くのよマイリトルレディ。

「分かってくれてなによりだ。なんかすげえ葛藤が顔に滲み出てる気がするけど、とにかく一緒にこの窮地を乗り切ろうぜ」
「ふ、うふふ、そうね」

 とりあえずは一時休戦である。本命の敵にすら辿り着けていない状況で本命の敵とはまったく関係なしに陥ったこのピンチ。馬鹿馬鹿し過ぎる現状の打破こそが先決だ。でも改めて考えるとちょっと涙が出てくるからそこはまあ置いとこう。
 ふうと息を吐いて気持ちを切り替える。

「さて、とはいえ、具体的にどうするの?」

 どうしようもなかったから今まさに迷っているわけだけれども。そう、あたしが問えばヌヌは、どうしてかお気楽そうな顔をしてみせる。

「ああ、それなんだけどな」

 軟体から突き出た手っぽい突起で横合いを指して、ヌヌの口から出たのはなんともとんちんかんな言葉。

「向こうに明かりが見えたぞ」
「……は?」

 頓狂な声が漏れる。眉をひそめるあたしに、しかし構わずヌヌは続ける。

「いや、さっき木に登った時にな、なんか見えたっつーか。最初っからそうすりゃよかったよなー」

 はははと笑うヌヌ。告げられた言葉にぽかんとするあたし。脳細胞を総動員して状況把握に当たる。つまり……ええと、ああ、そうか。よっこらせと再びこん棒を構える。どすこい。

「先に言えぇぇーーい!」
「言おうとはしましたぁー!」

 四股を踏むように地を踏み締めて一撃を繰り出す。軽く地鳴りがした気もするけどきっと気のせいだ。ヌヌは相変わらずの気持ち悪い動きでこん棒をかわす。なんか行動を読まれ始めてる気もする。

「違う違う! 違うんだって! てゆーかハナさっき全然話通じる感じじゃなかったじゃん!?」

 じゃんて言われても。いや、確かに問答無用で殴り掛かったような気はするけれども。

「ぬぅん……確かにそうだけど」
「だろ? なにもかもオイラのせいってわけでもないんだぜ」

 やれやれ困ったお嬢さんだとばかりに首らしき辺りを振る。なんかちょっと調子こきだした。元を正せば大体こいつのせいって気もするけど……まあいいだろう。最後のだけは確かに正論だ。

「ちっ。そうね、ごめんなさい。いきなり殴り掛かったりして。で、出口どっち?」
「舌打ちしたよね!?」
「気のせいよ。いいからうだうだ言ってないでとっとと案内してくださるかしら、ミスター?」
「どんなアウトローなレディだよ……まあいいや。とにかく行こうか」

 互いにくすぶるものを胸に残しつつ、あたしたちはてくてくと歩き出す。ジャングルを脱出できるならもう何でもいいや。似たような景色を越え、似たような景色を越え、更に似たような景色を越える。バグってエリアがループしてんじゃないかと思うほどに。
 そうしてやがて、本当にようやくようやっと、待ちに待った似てない景色があたしの目に映ったのは、それからほんの数十分後のことであった。
 
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