-花と緑の-
□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンX:邪神の悪夢(3/6)
「ハナああぁぁぁぁ!?」
何だかやけに遠くでヌヌの情けない叫び声が聞こえた。
「ぅおぉぉい、しっかりしろぉぉ!? 愉快なポーズで立ったまま気絶してる場合じゃねえぞぉぉ!?」
そんな言葉にはっとなる。焦点の定まらない目がゆらりと揺れて、捉えたのは目と鼻の先にまで迫るドリルであった。明後日の世界に旅立ちかけた意識を後ろ髪をわしづかんで引き戻す。とてもお早いお帰りだ。でも今度はもっと遠くへ旅立ちそうとか言ってる場合じゃないんぎゃああぁぁおぉぉ!?
「“バルルーナゲイル”!」
背後の声から一瞬、横合いから吹きすさぶ風があたしの体をさらう。風圧に揉みくちゃにされつつあたしは真横へ転がり、襲い来るドリルから間一髪で逃れる。一息さえも置かずにドリルが残像を串刺す。声にもならない悲鳴が喉の奥に反響した。
「たたた助けてウィザえモぉーン!?」
即座に振り返る。たった今あたしの命を救ってくれた頼もし過ぎる大魔法使い様に、そのままニセモグラもお願いしやすともはや勇者の誇りをかなぐり捨てて懇願する。
「ウィザえモンが誰は知らないが、心得た! こうなればやるだけやってみよう!」
なんて言葉にはヌヌ共々に涙と鼻水が溢れて漏れる。言うまでもないが年頃の女子なのであるからして鼻水は勿論たとえである。ずびー。
「ぬう、邪魔だてする気か貴様ぁ!」
「彼女には命を救われた恩があるのでね。それに、火を貸したのは外ならぬ私だ」
「なんだとおぉぉ!?」
益々もって怒り狂うニセモグラにも、ウィザえモンは不敵に笑って杖を構える。矛先を自分に向けようとしてくれている!? 気付いて、なんだか自分がすごく恥ずかしい子に思えて目が泳ぐ。
「悪いが私から相手をしてもらおうか、ニセドリモグモン君?」
ぷっちん、なんて音が聞こえた気がした。こめかみの血管は冗談抜きに血の数リットルは噴きそうだ。ニセモグラはもはやモグラにすら見えない形相で死霊の怨嗟にすら似た絶叫を上げる。
けれど、ウィザえモンは僅かも動じることなく早口に呪文を唱え、赤と緑の光をまとう杖を振りかざす。イケメン過ぎてキュンとした。
「“サンダー”……!」
複雑に絡み合う赤と緑の光線は、電子基盤を思わせる幾何学模様を描いてほとばしり、やがて虚空へ溶け消える。刹那、代わるように沸き立つのは黒い塵だった。
電光が瞬く。集い、渦巻き、逆巻いて、また集う黒が暗雲を形成し、飛び交う極小粒子の軌跡を逆順になぞる閃きが、束となって矢の如く翔ける。
「“クラウド”!!」
杖の先端に鎮座する雷雲より、目を焼くほどの激しい稲光が放たれる。まばゆい輝きは瞬きの間に大気の組成物を貫き駆け抜けて、避ける隙すら与えずニセモグラのドリルへと突き刺さる。
「ぐぅ……!」
一瞬、ニセモグラが呻き声を漏らす。そうして――
「あいてっ!」
びくんと震えて身もだえする。
ぱちち、と雷の残滓が弾けて霧散する。
「…………ええと」
杖を構えたままの格好で固まるウィザえモン。目をぱちくりさせるニセモグラ。動けないあたしとヌヌ。最初に膠着を破ったのは、ニセモグラであった。
「がおおぉぉぉん!!」
「ほぎゃあぁぁぁ!?」
前足を振り上げて吠える。見るからにとてもお元気そうであった。
「うぃうぃうぃウィザえモぉぉン!?」
「すすっ、すまない! 力を使い過ぎた! もう高位の術式を構築する余力がない!」
しかしMPが足りなかったああぁぁぁ!?
二度三度杖を振るも、出るのは搾りカスのようなちっちゃい火花だけ。ウィザえモンは青い顔でぷるぷると震える。さあてどうしましょうかと言わんばかり。聞きたいのはこっちのほうだ。てゆーかそういえばさっきまで行き倒れてたの忘れていましたすっかりと。
あたしは三本の足で地を蹴って、傍から見ればとっても酷い格好で超逃げる。具体的にどんな体勢かは言及しないでほしい。
「ハナあぁぁ!? 凄い格好だけど超速いな!?」
「おおおお互い様でしょーがぁぁ!?」
足もない軟体で這っているとは思えぬ速度でヌヌもまたぬめり駆ける。何がどうなっているかは互いにさっぱり分からない。
「そ、そんなことを言っている場合ではないぞ、二人とも!?」
そして到底肉体労働になど向いていないであろう体格と服装のウィザえモンですらもスプリンターのように疾走しながら声を張る。顔色だけは最初見た時の感じに戻っていたが。
ピンチに眠れる力が目覚めるご都合展開もあながちフィクションだけの話ではないのかもしれないな。まあ、目覚める力の方向性は大分あれなんだけれども。誰か一人くらい戦う方向に覚醒しろよ。