-花と緑の-

□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンW:悪魔の戦い(5/5)

 
「罠?」

 問い返せばしかし、ウィザーモンは既に再び杖を構えてそっと目を閉じる。その杖の先端が再び光を帯びる。あたしはすかさず神経と精神力を耳へとかき集める。何でって言ったら先程は惜しくも聞き逃した詠唱を今度こそ聞きたかったからである。

「ど、どうかしたかい?」
「あ、ううん。なんでも」

 ただまあ、少々接近し過ぎて興奮し過ぎてしまったけれど。間近で真顔で耳を澄ますあたしに、ウィザーモンがなんだかとっても戸惑う。ちなみに詠唱はよく分からない言葉だったがそれはそれでよかったです。
 ウィザーモンはあたしに向かってなんだか微妙な顔をしつつも、黄色い幾何学模様の光の筋をまとう杖を廃坑の入口辺りの地面へと突き付ける。途端に地面がぼこぼこと隆起し、かと思えば瞬く間に陥没する。できあがったのは軽自動車くらいがすっぽり入るほどの大きな穴だった。

「即席の落とし穴だ。煙に巻かれて慌てて飛び出せばまず間違いなく足を取られるだろう」

 ふう、と息を吐く。火と交信、風に次いで土の魔法か。何でもできるな。何でもありか。ナニえもんだ。ヌメヌメとトレードできないかな。できないだろうな。釣り合わないものね。
 へっと鼻で笑う。そんなあたしを見てヌヌが落ち着かないそぶりで目を泳がせる。大粒の汗が浮かんで落ちた。ヌヌはぎこちない笑顔でウィザーモンの造った穴を指差して、

「えーっと、穴に落ちたらウンチでいっぱい、とか……」
「却下」

 寝言は即座に切り捨てる。お黙んなさい。本当にやったら最初に落ちるのは貴様だからな。ダメージはなさそうだけれども。
 分かりやすくしょぼんとするヌヌに、あたしはやれやれと首を振る。けれど、ウィザーモンだけは思案するようにふうむと唸り、

「成る程。いや、二重に罠を仕込むのは悪くないかもしれないね」
「え?」

 まさかのウンチ採用かとあたしが驚きヌヌがその目に光を取り戻す。だが、勿論そんな馬鹿な話があるわけもなく。ウィザーモンは再び呪文を唱えて杖を振る。穴の底が再び隆起して、現れたのは土石の剣山だった。
 ぽかんとして、少し。やがてヌヌが膝から崩れ落ちる。膝とかないけどそんな雰囲気だけはしっかり伝わった。

「もう……止めたげて……」

 よよよと涙を流しながらヌヌが言う。消え入りそうな声にはさすがのあたしも少し可哀相になってしまったけれど。

「え? す、すまない。出過ぎた真似をしたかい?」
「いいのよ、ウィザーモンは気にしなくて。ほら、ヌメモンだから」
「ヌメモンだからって何!?」
「ああ……」
「納得したらウンチぶつけるからな!?」

 ここ一番の剣幕で声を荒げるヌヌにはウィザーモンも苦笑いをするしかなかった。しかし一瞬で元気が出たな。立ち直りの早い奴だ。

「そんなぶりぶり怒んないでよ、ヌヌ」
「いや、ぶりぶりって何の擬音だおい」
「頑張って生きていれば来世はいいことあるって!」
「それフォローできてるつもりか!?」

 ほんのジョークだっての。アハーハーと肩をすくめて笑ってやればヌヌは唇をめくりあがらせてぐぬぬと唸る。
 そうして、半ば今の状況を忘れかけながら暢気に笑っていると、ふと、足元に違和感を覚える。

「ん?」
「ねえ、なんか……」

 不意に感じたのは小さな震動だった。否、加速度的に大きくなるそれはほんの数秒を置いてもはや完全な地響きとなる。

「え? え? なになに!?」

 まるで地中を岩盤すら削りながら掘り進めるように。いや、僅かの後、あたしはすぐに知ることとなる。まるで、などではなかったと。
 地面に走る亀裂。その中心から巨大なドリルがタケノコのようににょきっと顔を出す。自分で言っておいてなんだがそんな可愛い感じではまったくなかったのだけれど。

「ぎゃああぁぁ!? 出た出た何か出たあぁぁ!?」
「あ、あいつは……!?」

 土石を巻き上げ、土煙を噴き上げ、粉塵の中からゆらりと巨大な足が現れる。鼻先にはドリルを抱き、体格は熊ほどもあるが、その姿を一言で形容するならそう――

「モ、モグラぁ!?」
「ドリモゲモンだ! あいつがここのボスか!?」

 ずしんずしんと丸太のような四肢で地面を踏み叩く。高速回転するドリルの風圧で粉塵を蹴散らし、雄叫びを上げる。口元に立派な男爵ヒゲを蓄えるその雄々しき姿はまさにモグラの中のモグラ。てゆーか地下から来るとか聞いてない。勝てる気は現時点でちっともしなかった。
 だが、そんな男爵モグラにウィザーモンは訝しげに眉をひそめて、少し。何かに気付いたようにはっとする。

「違う……違うぞヌヌ君! よく見るんだあれは……!」

 そんな言葉にヌヌもまた己が間違いを悟るように瞼もないのに両目を見開く。あたしはすっかりおいてきぼりである。
 
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