-花と緑の-
□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンW:悪魔の戦い(3/5)
「デジヴァイス?」
どっかで聞いたな。なんだっけ。ふとヌヌへ視線を移せば、どういうわけか間抜け面でぼかんとしていた。まあ元々ぼけっとした顔ではあるのだけれど。ドヤ顔よりはまあまあマシだな。
「これ……え、本物なのか?」
軟体をにょーんと縦に伸ばしてウィザーモンの持つデジヴァイスとやらを覗き込む。モグラ叩きを見ているような気分にもなって無性にぶっ叩きたくなったが、残念ながら殴る理由がないので我慢した。
「知ってるの? なんなのこれ?」
「なんなのって……いやいやいや」
半ば呆れたように首を振る。なんかちょっといらっとしたけど、しかし、いやいや待て待て。確かに聞いたぞ。バロモンさんが言っていた。そう、救世主の――
「救世主の……証?」
海馬の奥の奥の裏側の隅っこまでまさぐって、どうにか引っ張り出した朧げな記憶。そうだ、これを持つことが救世主の証明と、バロモンさんやヌヌが言っていた……うん?
「え? 待って待って、あれ? こんな感じで手に入っちゃうもんなの?」
「いやいやいや、そんなわけないだろ。何なんだこれ?」
「うん、正確に言うならレプリカのようなものなのだがね」
入手イベントの普通さに思わず戸惑えば、ウィザーモンは苦笑しながら首を振る。
「レプリカ?」
「三大天使の造ったデジヴァイスを元に師匠が暇潰しで造ってみたものを私が興味本意で真似て造ったんだ」
「どんな伝言ゲーム?」
二重の模造品か。確かに本物と言い張るのは多分に無理があるようだが。
「残念ながら機能の一部は再現できなかったが、代わりにウィッチェルニーの魔術数式を組み込んでみたんだ。交信魔術の受信機としてなら使えるはずだ」
はいと手渡されるデジヴァイスを受け取り、その液晶をしげしげと覗き込む。うん、これは本物とは言えない。言えないが……。
「ハナ、なんでちょっとにやけてんだ?」
「へえ?」
頓狂な声を返す。図星をつかれたからとかではない。そもそもにやけてなどいないのだから。魔術数式とか交信魔術とか、当たり前のように放り込まれた中二ワードにどきどきなどしてはいないのだから。治ったのだから。断じて。
だがまあ折角の好意なのであるからして、ここは有り難く頂戴するとしようじゃないか。
ぐっと、なんちゃってデジヴァイスを握りしめる。早く連絡来ないかな。まだ目の前にいるのだけれども。
「さて、ところで今仕方言っていた火というのは……」
「ベタ!?」
ウィザーモンが杖で地面をとんと突いて、再びその先端にぱちぱちと火花が散った、そんな時。突然変な声を上げたのはあたしでもヌヌでもウィザーモンでもなかった。ベタ?
声に振り向いた先は廃坑の奥。薄暗い岩肌の通路にぽつりと佇みぽかんと口を開けるのは、モヒカン頭のなんか両生類みたいな生き物だった。
予期せぬ突然の出会いにお互い固まる。
ええと……何だろう。盗賊の根城であるはずの廃坑から出て来て、なぜかあたしたちを見て驚いて、そのちっちゃな足はちょうど入口で見た足跡と同じくらいで――嗚呼、と。あたしは理解する。そうして、超叫ぶ。
ふぉっ、ほぎゃあああぁぁぁ!?
びっくりし過ぎて思わず声に出し忘れる。だが、どうやらそれが幸いしたようであった。
「ベっ……ベどぅふっ!?」
事は一瞬。
廃坑の奥に向かって何やら叫びかけたモヒカンが、くぐもった変な声を上げる。上げて、そのまま倒れて動かなくなる。
「と、盗賊の見張りか……危なかったね」
「お、おぉう。さすがハナだな」
少しの沈黙の後、口々にそう言う役立たずどもを横目に、あたしは一人ぜはーぜはーと肩で息を吐く。あたしの中でついに戦士の才覚が目覚めたのか、誰より早く無言でぶん投げたこん棒がモヒカンの額を直撃し、騒ぎになる前に事態を鎮静化してみせたのである。
「ヌ……ヌヌ」
「え、あ、はひ!」
ゆっくりと振り返る。名を呼べばなぜだかヌヌの声が裏返る。その理由だけはさっぱりだが、今はいい。ふーふーと荒い鼻息を整えつつ、モヒカンを指差す。
「廃材の中にロープとかあったでしょ。縛ってその辺に転がしといて」
「イ、イエッサー!」
誰がサーだ。乙女に向かって。
「ウィザーモン、後でさっきの火もっかいお願い」
「わ、分かった」
なにゆえそんなに怯えているかね君たちは。まあいい。あたしはこん棒を拾い上げ、そろりと奥を覗き込む。耳を澄ましてみても暗闇は変わらず静かなまま。どうやらまだ気付かれてはいないようだ。暢気な盗賊である。ほっと息を吐き、一先ず外へ出る。